わしこの読書日記

子どもの本や絵本について研究しているわしこの読書日記と身辺雑記。

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『Children of Greenknow』再読

Children of Greenknowを再読。以前には、気づかなかったことがたくさんあったのにびっくりしている。トーリーが「まぼろしの子どもたち」に出会うまでが何と丁寧に描写されているのかということに、今さらながらにおどろいた。つまり、ボストンのファンタジーづくりの過程をじっくり辿ることができたともいえるのだ。

グリーンノウの館で起こる不思議なできごとは、<アミニズム><五感><物語ること>がキーワードになっている。ボストンは、「モノ」が命を持ちはじめてゆく過程を、<五感>の一つ一つがどのように反応するのかを細かく描写してゆくことで説明している。まず、目覚めさせられるのは<聴覚>だ。それは「気配」として現れ、「音」になってゆく。そして<触覚>。「まぼろしの子どもたち」が目に見えるようになるまでのトーリーの苛立ちが、痛いほど伝わってくるのは、この描き方のためだろう。しかし、彼らを目にしたからといって、ほんとうに「見えた」とも保証されてもいない。オールドノウ夫人やトーリーの幻想かもしれないと読ませるのである。

<ファンタジー>とは目に見えるようにすること、という意味であるが、トーリーがみたものを<幻想>として曖昧にしておきたがっているようにも見えるボストンは、その描写においては、<ファンタジー>を拒否しているようだ。しかし、この作品で、目に見えない「モノ」が「見える」ようになる過程を丹念に追い求めている手法を考えると、<ファンタジー>の王道を歩いているようにも思える。

トーリーの水先案内人ともいえるオールドノウ夫人は、グリーンノウの館に住みつく守護神のような存在で、この館に住みつく子どもたちは座敷童子でもある。
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