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ブックトーク

昨日はリアル授業のほかに24日の休日授業分を収録したため疲れた。収録内容は、ブックトークの実践「ブックトーク:さそわれて庭へ」である。一昨年、庄内のA小学校の6年生に向けた授業で行ったものが核になっている。最初の部分が、カミカミで、できれば取り直したいぐらいの出来である事が悔やまれる。とくに昨日は体調のせいもあったろうが、ライブ配信の授業でも滑舌が悪かった。申し訳ない。

ライブ配信の内容は、前回の「昔話の話法の特質」を受けて、「子どもにとっての残酷性の意味」を長谷川摂子さんのエッセイ「昔話と子どもの内なる自然」を軸に、お話しした。長谷川さんは数年前に逝かれてしまったが、惜しい人を亡くしてしまったと改めて感じた。彼女の著作をもう一度読み直そう。

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No title

 わしこ先生
 本当は、もりもり自学自習、レポートの下準備をしなければならない時間ですが、「昔話」「残酷さ」のキーワードに、コメントをしたくなりました。
 今年、娘の小学校での小5向けのおはなし会の演目は、『うまかたやまんば』(おざわとしお再話 福音館 1988)と、『ねずみとくじら』(ウィリアム.スタイグ著 瀬田貞二訳 評論社 1976)です。『うまかたやまんば』にはたくさんの残酷なくだりが出て来るのに、語りを聞いている他のメンバーからは、「ねむくなる」「きもちいい」「ほっとする」などのコメントが毎回上がります。『やまんばのにしき』『ならなしとり』に続く、やまんばもののエントリーは、コハタらしいね、と言われています。

わしこです。

木幡さま:コメントありがとうございます。わたくしも、山姥大好きです。「三枚のお札」系や「馬方」系に登場する山姥のうっかりさ加減に関して、かつて論考した事があります。日本人の自然観がよく出ているお話ですね。今回の授業は、「子どもにとって昔話の残酷性はどのような意義があるのかと」いう点についてとくに考えてみました。小澤先生再話の「馬方やまんば」(『日本の昔話』所収)と絵本『うまかたやまんば』は、再話の口調のほかに決定的な違いがあります。

No title

 わしこ先生
 コメントありがとうございました。
 やっと図書館で、絵本ではない方の、『馬方やまんば』を読んできました。
 やまんばは、隠れている馬方に気づいていた。。。?「火の神さん」と呼んだのも、だまされたのではなく、わざと。。。?最後には、熱湯を注ぎ込まれながら、はっきり「馬方よ」と呼びかけています。絵本のお話と全く違う!
 「違う、違う!」とあわあわしています。時間が出来たら、再度じっくり読み比べてみます。早く時間が欲しいです。
 同じ方が再話をしているのに、こんなことがおこるなんて。。。

クリスマスの前の晩です

わしこ先生
 「クリスマスには美と心を」と、児童サービス論の、サンタクロースの回で聞いた言葉が心に残っています。そうだそうだと思いながら、娘へのプレゼントを求めました。
 先日、無事におはなし会が終わりました。おはなしは人と人をつなぐということを強く意識した会となりました。
 来年(相手は6年生たち)の会は、『三つのねがい』『ぜつぼうの濁点』『どうぶつ句会』をしようと思っています。これではまんま、わしこ先生セレクションですね!『ぜつぼうの濁点』はあまりに好きすぎて、素話ができてしまう私です。

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