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「読みきかせボランティア」に<毒>を吐く

公開講座の受講生で、その後も時々授業にもぐってくれているHさんが来宅。ご自身でも「読みきかせグループ」を立ち上げ、精力的に活動してきているのだが、やはり、小さな組織でもリーダーとして牽引しなくてはならない立場となるとざまざまな問題が出てくるようだ。

まず、メンバーが勉強しないという問題。また、絵本や絵本の読みきかせに関する基本的な認識不足。これは、例えば、秀れて古典的な絵本が理解できず、「おもしろくない」と自分の感情のみで評価してしまうという問題。『三びきのやぎのがらがらどん』『はなをくんくん』などといった絵本に、「よろこび」が見いだせない人たちが、ボランティアに従事しているということ。その点は、私など厳しく「なぜボランティアをやっているの?」と自省してもらいたいところだ。

ああ、そういえば、そんな人たちいたなぁと遙か昔の事を思い出す。「小学校に入った子どものことが気にかかるから」というので、ボランティアに参加した母親。「みんなが同じ足並みで参加できないから、勉強会はできません」といった読みきかせグループのリーダー。強引にグループに参加して、「何を読んだらいいのかわからない」とおっしゃる方々。そういう輩には、「勉強しなければ、わかるようにはならないだろう」と心の中で叫び声を上げる私。口に出したりすれば、いやらしいいじめに遭うのだ。おばさんのいじめって怖い。自分こそが正しいと思い込んでいるから、無知を顧みず、まさにそここそを武器に、断罪してくるのだ。

じゃ、なぜ「読みきかせボランティアなの?」と再び考える。Hさんの話しや、斎藤惇夫氏の発言や私の経験から察するに、「読みきかせボランティア」は、知的に響くらしい。母親たちの高学歴化の中で、「あれでも教師か」「あのレベルならば私にもできる」と思っているのかどうか、学習支援のボランティアにも人が多く集まるようだ。受け容れる学校側としても「皆さん大歓迎。やりたい方の気持ちが大切。(確かにね)」「地域との連携を重視します。」「ボランティアさんにこちらから要望することはありません。(お好きにやって下さい、と丸投げ!)」

で、一番迷惑を被るのは子どもたちである。

「読みきかせ」は、家庭での読みきかせとは違うこと。自分の好きな本を読めばよいのではないこと。練習すること。子どもに<よろこび>を伝えるために存在すること(私立中学受験の内申書を良く書いてもらおうだなんて、これっぽちも思わないこと)。すべての絵本が集団的なわかちあいにむいているのではないこと。子どもの読書人生の中で「絵本」や「読みきかせ」がどういう位置を占めているのかを識ることなど、基本的な事だけは謙虚に学んでほしい。それに、地域のボランティアを支える役割の図書館や図書館員にも「少しは勉強しろよ!」と言いたい。

公共図書館の司書も学校図書館の司書も、忙しいのはよくわかる。だが、しかし、絵本や物語の基本的な読み方はきちんと学習すべきであると思う。とんちんかんな絵本の解釈、問題のある選書、表層的な物語理解からはどうか脱却してほしい。絵本を含め子どもの本は、発展途上の人たちに差しだされるメディアであるから、取っつきやすいし、理解しやすい。だからといって甘く見るなよ!

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