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図書館活用教育

例年通り、山形県鶴岡市のC小学校の研究授業を見学してきた。今回は3年生の国語で、『わすれられないおくりもの』単元を終えたあとに展開された、「読書マイスターになろう」という発展学習を見せて頂いた。4クラスがそれぞれ異なった段階での授業を見せてくださったので、授業の流れもよく解り、「教師が何を目指しているのか」が明確であった。

展開された授業は、4人からなる班のメンバーが同じ本を読み、物語の順序、登場人物、情景等についてのクイズを考えることで、その物語についての「マイスター」になるというものであった。最終的にはクラス全体で「クイズ大会」に臨むというのであるから、自分の班の割り当て作品を読むだけではなく、クイズに正解するためにほかの作品も読もうという、読書への動機づけにもなる。そのためには、相応の読書力がついていなければできない学習であるが、年間150冊以上の本を読んでいるC小学校の子どもたちであるから成立するのであろう。しかし、物語のテクストを解体してしまって、情報として散乱させないようにとの教師側の意識や取り組みは十分理解できたものの、実際には、子どもたちの戸惑いをすくい上げたり、読みを深めるサポートができていない点が目立った。公開授業というのは往々にしてこういうことになるのかとも思ったが、それでも、力量以上のことに手をつけてしまった、もしくは、準備不足だったと思わせられる点が散見された。

一クラス、6つまたは7つの班が、別々の作品を選んで取り組むわけであるから、教師側の準備は相当なものであると予測できる。しかし、C小学校には、司書教諭、学校司書が常駐していて、その図書館活用教育には定評があり、そこにこそ、この研究授業の眼目があるはずだと考えたのだが、今回はとくに、学校司書、司書教諭との協働連携はみられず、学校司書や司書教諭が関わったのは、選書段階だけであったと聞いた。「えっ? ここでこそ図書館活用教育の見せ場なのに」と私は、びっくりしてしまった。

「読書マイスターになるためのクイズ作り」などという、作品をどう読むかという点に関わる授業であるからこそ、司書教諭が積極的に関わらなければと思ったのであるが、いったいどうしたのだろうか? 教師集団も司書教諭の仕事を理解していないのか? 司書教諭が明日の方を向いてしまっているのか? 「読書マイスターになるためのクイズ作り」となれば、「アニマシオン」の方法論が役立つと思うのだけれど、教師たちが「アニマシオン」という言葉すら知らなかったのには驚きだった。

そういえば、昨年、ちょっとクセのありそうな大学図書館勤務の見学者が「個人情報」に関わる質問をしたのに、司書教諭がそのポイントを理解できていないことがあった。その時は、あまりに不快な問いかけであったので(学校図書館関係者は個人情報に関して無知だろうという侮蔑的な雰囲気ありありの男性)、私が受けて立ったが。

C小学校の図書館活用教育は、もう十年以上の経験を持っているはずなのに、ここ3年間ばかりは、大きな疑問を感じさせることがたびたびあった。図書館活用教育とは、資料や場所を提供するだけでなく、図書館に関わっている人(学校司書、司書教諭)が子どもたちと資料を結びつけ、授業に活かしてゆくための手立てを考え、実践してゆく教育ではなかったか。C小学校の現在と今後に不安を感じる。

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