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「舌切り雀」から始まって

わしこの英語塾では、日本の昔話を語りにふさわしいやさしい英語に直すことも、塾の柱の一つである。11月からは「舌切り雀」に取り組んでいたが、今月でようやくたたき台となる英文を完成させた。

「舌切り雀」は、日本10大昔話には必ず取りあげられるお話であるが、私自身は「欲はかくものではない」という教訓が刷り込まれてしまっていたせいか、それほど好きになれないお話であった。途中で我慢できなくなったお婆さんが葛籠をあけてしまうと、おどろおどろしいモノが襲いかかるのも怖かった。ちゃんと家まで持って帰れば、お爺さんがもらったものと同じようなお宝が出てきたのかもしれないと、幼な心に夢想したこともなんだか思いだしてきた。

「舌切り雀」は、お婆さんが目を丸くして、腰をぬかしたところでやや唐突に終わるのであるが、どう終わらせるのかという議論から、皆の関心は「お爺さん、お婆さんのその後」に移っていった。「お婆さん、死んじゃった? 死んでもいいかもね。意地悪婆さんだから。」「いやいや、お爺さんが迎えにきたよ。やさしいから。」「お爺さんは、これ幸いと若い嫁さんもらったんじゃないの。お金もあるし。」などなど、勝手な意見が飛びだして面白かった。

「舌切り雀」は、明らかに「隣の爺型」のお話で、この手のお話は、欲深者が懲らしめられて終わるのであるが、「ねずみ浄土」(おむすびころりん)や「こぶとり」などと比較すると、「終わった感」がなく、なんとなく落ち着かない。結末についていろいろ意見が飛びだすのもうなずける。

Sさんは「お婆さんが気の毒だ」という。なぜならば、「あのお話は、妻妾同居のお話だから。お爺さんが雀をかわいがる事を厭うのは当然だろう」という。そうか、そういう風には考えなかったけれど、そう読む事だってできる。生きてきていろいろ体験してきたからこその解釈でもある。

そう考えてみるとなるほど、日本の昔話には、女性の哀れや悲しみをテーマにしたものがあるなと気づく。農家の嫁はその働きに適うほど食べることすら憚られて、こき使われていたのだろう。コマネズミのように働く「食わず女房」が当然のこととして求められた。そして、本来の労働に見あった食欲を行使すると、「山姥」や「鬼」として周辺に追いやられてしまったお話が「食わず女房」である。充分に食べることなくこき使われた女の怒りが見える。

「三輪山伝説」を原型に、最終的には「意に染まぬ結婚」「導具としての女」への異議申し立てが「猿婿」や「蛇婿」からすけて見える。

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「チュン」

私はこの話けっこう好きです。
我が家にある『舌切り雀』のお婆さんは、お爺さんが
「チュン、チュン」と呼んで可愛がるのを
「ふん、なにがチュンだべ」と憤っています。
そこがなぜか好き。
嫉妬、嘲笑、呆れ、意地悪、、、いろんな感情がこめられていて、
これってあるあるある!と同感できるからかも。
煮ておいた糊をなめてしまったチュンの舌を切って「ぶんなげたわい」
とお爺さんに言ってのけるところも、妙にすっきりする。
私は絶対にしないし、できないことを堂々とやってくれるのです。
でも、チュンが小憎らしいけど、殺したりしないのね。
これはお婆さん(女)でしかありえない。
腰を抜かして驚いた・・で終わるのがユーモラスで救われます。
ちなみに、夫はお爺さん(善人)なので、「この話やだ」と言います。

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