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ラプンツェル! ラプンツェル!

いわゆる「たんたん派」(©わしこ)の語る「ねむり姫」と「ラプンツェル」を聞いた(ラジオ)。確かに「たんたん」と語られている。きちんと練りあげられているグリムのテクストだから、つまらないわけはない。でも、面白味に欠ける優等生の語りのようだった。かつて櫻井先生が「★★さんももう少し勉強しないとね」とおっしゃったことがあったが、その気持ちがよく理解できる語りであった。

グリムのお話は、イメージが豊かで、動きがもたつくこともなく劇的で人を引きつけずにはおかない。つまり、昔話はその口承の構造を守ってきちんと語れば、それなりに人を引きつけ、聞かせる。だから、「昔話の語りには、個性も味わいも出すべきではない」(炉端の語り手は素人であったし、かつては誰もが語り手であったから。あるいは演技はいらない)という認識をお持ちなのだろうが、人は「声」を出したとたん、その人の消しようのない個性が飛び出してしまう。そのつもりはなくても。私などは、声が低い上に、語気が鋭い(らしい)から、怒っているようにも聞こえるようだ。本当に「怒って」いるときは、どんなふうなんだと、自分につっこみを入れて見たいぐらいだ。だから、「かわいい声」が出せないし、少女が出てくる話は苦手である。

また、「たんたんと語る」ためには、自分のマックスを知らないと、「たんたん」が解らないのではないかと思うし、「言葉」には否応なく感情はこめられてしまう。また、語尾の微妙な「上げ下げ」で聞きやすかったり、聞きにくかったりする。というよりも、お話から迎えいれられているか(開いているか)、そうでないかの感覚がある。

ところで、老女魔法使いの「ラプンツェル!」の呼びかけは、9㍍の高さにむかって呼びかけているようには聞こえなかった。自分と並行に言葉を投げかけて、まるで、怒っているようだった。そこがとても残念な語りであった。自分のイメージを言語化することが「語り」であるとするならば、9㍍の高さを意識し、そして、そうと聞こえるような「語り」にすべきだと思うのだが。

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