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人の話を聞くこと

案外、人って自分の立場からしか、あるいは、自分の持っている器からしか他人の話が聞けていないなと感じる事がたびたびある。これは、講義や読書だけに限らず、ごく日常の事もあてはまる。

このことで、私はたびたび夫ともめることがある。夫は「すでに言った」と主張するのに、私は「えっ? 今はじめて聞く」と問い直すことがあるのだ。他人の話がすっぽり抜けてしまうのは、我ながら情けないと思うが、逆に、教師という立場から同じ事に遭遇すると、「他人の話をちゃんと聞けよ!」といういらだちに変わる。

レポートは合格するまで(水準点に達するまで)書き直しを要請されると何度も伝えているはずなのに、「再提出の締め切りはいつですか?」と(あなたのレポートの出来如何ですと言いたいところだが)、しつこく問うてくる受講生がいた。「推敲すること」を「字数を削ること」と同義であると理解していた輩もいた。こんな時、いわゆる学生さんならば、こちらも気やすく、「日本語もっと勉強しようね」と済ますことができるのに、某大学の受講生はなまじ社会人としてのプライドがあるだけに、対応は難しい。

如何に傷つけることなくこちらの思い(もちろんその中には「ちゃんと聴けよ」といういらだちや、忙しいのはあなただけではないというウンザリ感もこめて)伝えることに腐心する。よって、対応はどうすれば「変化球」を効果的に投げられるかにかかってくる。これが、直球人間の私には難しいことである。変化球を投げたつもりで、暴投してしまうことも起こりうる。問うてくる本人が「自分が正しいオーラ」を出しまくっていることも多いので、「気づき」が生まれない事もある。

また、練って、練って準備し考えぬいた授業を「あんな授業でいいならば、誰でも先生ができる。あの先生は『この絵本いいよねぇ』としか言わない」と、アンケートに答えてきた現役の遠足大学学生がいた。以来、深く傷つき、もう二度と再びあの大学には行きたくないという淵を彷徨い続けている。

私がもっとも避けたいと思い嫌悪する授業を当の本人がやったと断罪されたのだからたまらない。しかも匿名で。こちらに関しては、受けとめる本人の感受性や能力や性格に問題があるとは解っていても、心は納得しない。

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ごみ箱

人の話を聞くのは、その人への最大の敬意だそうですね。
自分が無心になって、吸い込むように聞き取れたら理想です。

子どもの心は水がいっぱい入ったコップのようなものだそうで、まずはじっくり話させて空にしてからでないと、こちらの話は入っていかないと学んだことがあります。
こんな時、あいづちを打つ程度で、ほとんど聞き流してますが・・。だって、おしまいに「誰にも言わないでね」がつくことが多いので。
秘密と言うより、もう思い出したくないみたいなんです。
本人すっきり、こちらはごみ箱みたいなもの。
それも良し、と思っています。

ごみ箱はいやです。一部の女子の「どうでもいい、しゃべりっぱなしの話」はとても苦手です。

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