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『はじめてのおつかい』考:おつかいの裏に見える物語

絵本『はじめてのおつかい』でずっとずっと気になっていることがある。それは、みーちゃんが買った牛乳は誰のためのものかという点についてである。もちろんテクストには「あかちゃんのぎゅうにゅうがほしいんだけど、ままちょっといそがしいの。ひとりでかってこられる?」(p3)とあるから、赤ちゃんのためである事は明らかなのだが、それでも気になるのである。

まず、赤ちゃんが牛乳を飲めるほど成長しているかという点である。牛乳は乳児には飲ませないらしい。牛乳を乳児に与えるのは一歳過ぎ頃からだと聞いている。

見開きで描かれた第一場面では、赤ちゃんが泣きわめき、ガス台にはやかんと鍋がかかり沸騰している。「まま」が赤ちゃんの方からあたふたと台所に向かいながら、「みーちゃん」に牛乳を買ってきてと頼んでいる様子がうかがえる。赤ちゃんは、この見開きの場面と最後の二場面と裏表紙でしか判断できないが(心配して外で待っているママにだかれた赤ちゃん、家に戻るため後ろ向きになったママにだかれた赤ちゃん、ママにミルクを飲ませてもらってる赤ちゃん)、12ヶ月を超えているようには見えない。せいぜい10ヶ月といったところか。したがって、みーちゃんが買ってきたものは本当に「あかちゃんのぎゅうにゅう」だったのかが気になる問題として浮上してくるのである。

私は、みーちゃんが買ってきたのは、「ママがみーちゃんのおやつにつくるホットケーキのための牛乳」であったと読みたい。

台所のワゴンには、赤ちゃんの哺乳瓶とともに、卵を割り込んだ小麦粉のようなものがボールに入っている。その隣にはコップに半分ほど入った牛乳らしきものも見える。実は、私はこの絵本を初めて読んだときからこの場面を「ホットケーキの種をつくる牛乳が足りない」状況であると読んでいたのである。そのため、絵本についての本や学生のレポートの中で「裏表紙には、みーちゃんが赤ちゃんの牛乳をおすそわけにあずかっている場面が描かれている」というような「読み」にずっと違和感を持ってきたのである。確かに、テクストには「あかちゃんのぎゅうにゅう」とあるが…。

そのうえ、ママの胸もたっぷりと豊かで、いかにも授乳中ですという感じがする。どこかその辺に粉ミルクの缶でも見えると私の読みは補強されるのであるが、それはない。ただし、母乳で育つ子どもににだって、ミルク以外のものを飲むために哺乳瓶は必要であるから、粉ミルク缶が見えないからといってもそれは決定的ではない。

この絵本はかなり評価が高く、「子どもの冒険物語」としても位置づけられている(2003年国際子ども図書館展示「未知の世界へ」参照)。また、人気テレビ番組(日テレ)「はじめてのおつかい」にもアイデアを与えたのだと聞いたこともある。1977年に「子どものとも傑作集」としてハードカヴァーで出版されてからすでに30年以上経過し、いわば、古典の殿堂入りを果たしたすぐれた絵本であることは間違いないだろう。しかし、よくよく検討してみると、子どもの生活をリアルに描いた絵本の生命線ともいうべきその「リアリズム」にほころびが見えてこないだろうか? 

「はじめてのおつかい」は子どもにとっての最初の冒険である。その経験はとても貴重で、子ども自身の心にも深く刻みつけられることであろう。その最初の体験である「おつかい」の中身が「自分の牛乳」より、誰か他の人のためのものである方が達成感が違う。その点では「あかちゃんのぎゅうにゅう」である方がふさわしい。しかし、である。

ああ、林さんと筒井さんのお二方に伺ってみたい。「あの赤ちゃんは月齢何ヶ月ぐらいを想定してお描きになりましたか?」「テクストの赤ちゃんはいくつに想定なさいましたか?」と。

日頃、赤ちゃんばかりにかまけてしまい、さびしい思いをさせてしまっているみーちゃん(みーちゃんはどうやら一人で絵を描いていた様子)を喜ばせようと、ママはホットケーキを作ることにしたのではないかと思う。みーちゃんの「はじめてのおつかい」の背後には、母の「お詫び」の物語が読める。

絵本の研究が進み、絵本の絵の解釈コードをたくさんの人が手に入れる事ができるようになった。そのため、ことによったら「よい絵本」とされている作品の読み直しが求められる状況も出てくるに違いない。解釈コードをだけを頼りに絵本を読むのではなく、生活者としての視線も忘れずに今年も絵本を楽しんでいきたい。

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タイトル

なるほどー。実は私も、パック牛乳というからには、赤ちゃんのミルクじゃないなあということは最初に読んだときから感じていたのですが、絵をよく見ていませんで、ホットケーキ説なるほどです。現物が職場にあるので、また見てみたいと思います。みいちゃんのためだったらいいですね。

タイトル

「あかちゃんのぎゅうにゅう」と言われた方が、おつかいに行く姉としてのみーちゃんの使命感のようなものがぐっとあがりますね。頑張って行かなくっちゃ、しっかり迷わず行かなくっちゃ、という気持ちになりますね。

タイトル

1歳過ぎない赤ちゃんには、牛乳は薄めるか煮沸して冷まして
与えると育児書で読んだ記憶があります。
「あかちゃんのためのぎゅうにゅう」とは離乳食では?
私自身、パン粥(食パン+牛乳+砂糖)というものをよく作ったので。
この本で感じる違和感はテーブルクロスです。
はいはいする赤ちゃんがいる家庭ではかなり危険なもの。

育児中、子どもがうっとうしくて「離れたい」と
本気で思ったりする瞬間がありました。
それでいておつかいになど出したら、死ぬほど心配するんです。
そんな自分の心のやましさが、迎えに来たお母さんの姿で帳消し
になるような気がしました。

Re: タイトル

韓国のりこ母さま:コメントありがとうございます。「離乳食」というのはおもしろい解釈ですし、現実的でもあると思います。しかし、絵本の解釈としてはどうでしょうか? 

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