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2005.04/25 [Mon]
『大人のための児童文学講座』
最近徳間書店より出た『大人のための児童文学講座』を読みすすめる。一つ一つが短いながらも、刺激的な批評。『赤毛のアン』の想像力のもつ意味についての指摘は、示唆にとんでいる。目から「うろこ」でした。ただし、気になる部分もある。
『わたしにはパパだっているもんね』についての項。・・・親から押しつけられたのではなく、自分が選択したかたちの家族がこれから始まるのですから。/児童文学の中の「家族のかたち」は、ここまで発展したのです。
確かに「自分が選択する家族」という視点から見れば、新しいと思うのだが、それはいわば、主人公のフェリのぎりぎりの選択であって、子どもにとってできれば両親の離婚は避けたいのではないかとしみじみ思う。社会の変化が、夫婦のあり方を変えてきたのだとしたら、この「自分が選択する家族」というのはその多様性が要請するのであって、その場合は「発展」かしらと考えこんでしまった。
「自分で選択する家族」というのは、選択させられるのではなく、子どもたちが自分の自立を求めて外に出る場合にふさわしい。もちろんどちらも、<自立>という結果になってゆくのでしょうが、、、。
『わたしにはパパだっているもんね』についての項。・・・親から押しつけられたのではなく、自分が選択したかたちの家族がこれから始まるのですから。/児童文学の中の「家族のかたち」は、ここまで発展したのです。
確かに「自分が選択する家族」という視点から見れば、新しいと思うのだが、それはいわば、主人公のフェリのぎりぎりの選択であって、子どもにとってできれば両親の離婚は避けたいのではないかとしみじみ思う。社会の変化が、夫婦のあり方を変えてきたのだとしたら、この「自分が選択する家族」というのはその多様性が要請するのであって、その場合は「発展」かしらと考えこんでしまった。
「自分で選択する家族」というのは、選択させられるのではなく、子どもたちが自分の自立を求めて外に出る場合にふさわしい。もちろんどちらも、<自立>という結果になってゆくのでしょうが、、、。
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