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語りの会

語り手たちの会主催による「幻想の系譜”月”」へ出かけた。三人の語り手が月にまつわるお話を語るという趣向でパンフレットには、「語り手たちの会芸術の語りとしての事業」とあった。演目は、「夕顔」(『源氏物語』)、「鬼女房」(日本民話)、『高野聖』(泉鏡花)で、それぞれに笛の演奏が伴っていた。

語り手の三人はさまざまな場面で活躍している方々で、技量ではおそらくトップクラスの語り手であろう。その方たちが「語り」をさらに極め、「芸術の語り」にしたいという意気込みをもって開催されたことが感じられる会であった。しかし、その点で期待が大きかっただけに、不満も残った。

「夕顔」は19歳の夕顔の一人称語りという演出のために、導入部分で夕顔に同化できないとちょっとつらい。また、ストーリーも「光源氏との儚い交情の顛末」というエピソディックなものであるために、テクストだけでは聴き手をひきつける力が弱かったようだ。したがって「語り方」に演技的要素がつけくわえられたのだろうが、残念なことに、私はその点で主人公に同化できなかった。「語り」と「演劇」は、似て非なるものであると今さらながら悟った次第。

「高野聖」の語り手は、語尾が弱くなってしまう発声の癖(?)のためとテクストがより「文字の言葉」に近づいたために、日本語そのものが聞き取りにくい部分が所々にあらわれ、これもまた物語についてゆけないというフラストレーションを味わった。あの鏡花の美文調というか、たたみかけるような文体の流麗さが感じられなかった。語り手(女性)の声は低音で良く響いたが、声質と鏡花という組み合わせは相性が良かったのだろうかと疑問を持った。



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