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「お話」か「語り手」か

語り(ストーリーテリング)において、「お話」か「語り手」かというのは、かなり解決がむずかしい命題であるように思う。ずっと昔、「○○ストーリーテリング研究会」に属していた頃、「面白いお話だった」という感想はいいけれど、「お話が上手だった」というのではいけないと教えられたことがある。つまり、語り手は「お話という絵を縁取る額縁でなくてはいけない」ということだ。お話のなんたるかも、語りについての知識もほとんどなかった頃に言われたこの言葉が、ずっと心の底に巣くって離れなかった。

最近また、この言葉を思いだしているが、それは、子どもの文学の「核」には「声の文芸」があると意識するようになったからだと思う。また、とくにここ数年、内外を問わずたくさんの語りに触れる機会があった事も大きいだろう。問題は、「語り手」か「お話」かではない。

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Storytelling has three essential elements: the story. the storyteller. the audience. Storytelling cannnot be a success unless there is harmony between the three.

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これは、アイリーン・コルウェルさんのStorytellingからの引用であるが、語り手が「額縁」だなんてことはひと言もいっていないのである。日本の多くの図書館の語りは、アメリカ合衆国やイギリスをお手本としており、コルウェルさんも日本に大きな影響を与えた語り手であるが、彼女の著作をよく読むと、図書館の語り講座などでは禁忌とされる、演劇的なスキルの必要性についてもきちんと述べている。

たくさんの語りをきく中で、コルウェルさんのおっしゃる「ハーモニー」が感じられない語りやバランスを欠いた語りを聞かせられたのも事実である。聞き手をよろこばせたいという一心であろうか、サービス精神に歯止めがきかなくなって、聞き手に「媚びて」しまった語り手。聞き手に媚びてしまった語り手の語るお話は、やはり媚びた語りになってしまう。それとは反対に、面白いお話なのに、「どうしたらあんなにつまらなく語れるのか。語り手としての資質に欠けるのだろうかと」と、こちらが真剣に悩んでしまうほど「語りは坦々と抑制すべき」という呪縛にとらわれている語り手。

お話の初心者の語る(べき)お話、選ぶ(べき)お話は、ほとんどの場合、昔話などのように長く語りつがれお話として確立されたものだろう。ならば、まず、語り方に対する、「抑制して」とか「坦々と」とかいう枠を外してしまって、語り手がお話の中にどっぷりつかることが必要ではないだろうか。ある特定のお話の「語りのマクシマム」を経験することこそが大切ではないだろうか。たとえ、枠を外してしまったとしても、もし、その人がお話を心から愛し、理解し、子どもたちに伝えたいと思っているのであれば、グリムの昔話の残酷な場面を「劇的に語る」ことなどできないはずだ。

先日、遠野で開かれた語りの祭りに出かけてきた。遠野の語り部にじかに触れ得たことは得がたい経験だったけれど、彼女らは(残念ながら、語り爺さには会えなかった)、やはり、炉端の語り手たちだ。大人数になるとマイクで「声」を増幅させないと聞こえないのだ。かえすがえすも残念だ。期待しすぎたのだろうか、「文学の語り」では、失望感が大きかった。あの名高いSRさんの語りはとくに期待はずれでがっかりした。なんとせっかちで落ち着かない語りなんだろう。じっくりと作品世界を構築する語りでないとあのお話は生きてこないのに。

「耳年増」ならぬ「お話年増」になってしまったのか、どうしてもクリティカルになってしまうが、みなが横並びで批判することのない「ゆるい」語りや読み聞かせの場には成長はないぞ。

ところで、「おまえもついでに食ってやる!」と、1年生の子どもを怖がらせた私の「お話」は、子どもに媚びていたのだろうか? 「指さし」は1年生だからできたのであって、聴衆が変われば、私の「ついでにペロリ」も変わるだろうと思うが。

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子どもが幼稚園に行っていた頃のことですが、幼稚園の園長先生は絵本は絵が主役なので、読み手は邪魔にならないように淡々と、お話は絵がないので、抑揚をつけて、という具合にならいました。
何故ならば、子どもの想像力を伸ばしたいからであり、子どもの想像力の邪魔になってはいけないということでした。

アイリーン・コルウェルさんの3つのハーモニーのこと、そして、演劇的スキルの必要性のことも、今後学び、ストーリーテリングに挑戦していきます。

ありがとうございました。

「読み手は邪魔にならないように」というご意見もわかりますが、それもこれも、「バランス」と「ハーモニー」だと思います。こわくない「フォックス氏」、恐ろしさを感じさせない「3びきのコブタ」のオオカミ、ワクワクさせないお話を聞かせるのは、子どもにとって苦痛でしかないと考えています。むしろ、ますます子どもをお話の世界や物語から遠ざけてしまうのではないでしょうか。

お話を選ぶこと。お話を知ること。この2つにじっくり取り組むことができる勉強会を立ちあげようと考えています。

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