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感想を聞くこと

子どもに強制的に感想文を書かせることの愚については、さまざまなところで認知されてきていると思うが、「本」の感想を聞くのも、感想文を書かせるのと同じような愚行である。昨日のエントリで、読み聞かせに入ったクラスの先生が子どもに感想を言わせたことについて触れた。その件で、やはり私と同じようにお考えになっている方からコメントを頂いた。本来ならば、コメント欄に書きこむのが筋だろうが、少し長くなりそうなので、新しくエントリを作ることにした。ろくべえさん、ぐりぐらさん、コメントありがとうございました。

感想を述べるという行為にしても、感想を書くという行為にしても、「思い」という曖昧なものを「言語化」することが必要である。自分の思いを言語化するためには、①問題(この場合は物語に対する自分の思い)を認識し、②具体的に把握し、③分析し、④整理しなくてはいけないだろう。この過程を経て、ようやく私たちは、自分の思いを言葉にすることができる。また、書くとなると、この上にさらにいくつかの段階が必要になるだろう。

物語体験は、それが深ければ深いほど、自分自身の現実に還ることがむずかしい。物語体験の直後というのは、物語の世界、それに対する自分という存在、そして、「いまここ」のリアルな世界が三つ巴になってぐるぐる渦巻いているような状況ではないだろうか。そのような時に、「感想を言ってごらん」といわれても、まとまらないのは当然だ。でも、そのときに「自分の思い」を無理矢理言語化させようとすれば、クリシェに頼らざる得ないだろう。「おもしろかった」「感動した」「○○がよかった」「考えさせられた」など、その表現は、まだまだ未分化で稚拙である。

これは、子どもだけのことではなく、おとなだって同様だろう。一人ずつ感想を言わなくてはいけない状況になったときに、ドキドキし、何を言おうか考えているうちに、自分の番がきてしまって支離滅裂だったという体験はたいていの人がしていると思う。もちろん、世間にはそういう避けられない状況もあるわけだが、「絵本のわかちあい」の場で、子どもたちに強要すべきではない。

感想の言語化は、別の場所でやってほしい。というか、やはり、国語の授業などできちんと取り組むべきだし、「読み聞かせ」の場を「よい機会である」と誤解して便乗すべきではないだろう。また、「ひと言でもよいから」とエクスキューズを与えることが、先に述べたように、結局クリシェに頼ってしまうのであれば、利するものはないと思う。クリシェの段階で完結して、さらに深めるという行為ができなくなるからだ。それは、せっかく心の中に植えられた「物語のよろこびの種」をほじくり出してしまうことである。

子どもたちが物語を楽しんだのかどうかというのは、読み手にはその空気感で解るし、感想を言わせるよりも、「ありがとう」のひと言で思いは伝わる。物語を体験することと感想を述べる、書くということは、まったく違ったものであることを、教師は理解するべきである。また、私たち読み手は、「感想を言わなくちゃいけない」と思わせながら、お話を聞いてほしくはないと、心底思っている。

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同感です。

わしこ様、
本当にそうですね、同感、実感です。
私も小学校に読み聞かせに行っていますが、最初に先生方に「子どもに感想を聞かないでくださいね。私たちは子どもたちに、ただただ絵本を楽しんでもらいたいのですから。
ただただ楽しむことがとっても大切なことなのです。その楽しさが時間がたって子どもの中で熟成してぽろりとこぼれた言葉は大切に拾っておいてください。」と申し上げておきました。
 でも何年もやっていると、転任してきた先生の中には私たちへのお礼のつもりで感想文集みたいなものを作って渡してくれる方もいます。
 その文集の、8割がた同じ言葉が並んでいるのを読むと、ほんと、げんなりして、なんで、感想を書かせるなんてことの愚が、先生には分からないのだろう、そしてそれをわからない先生がなんでこんなに多いのだろうと・・・ 時々絶望的な気持ちになります。
 でも、先日、道で会った五年生の男の子が「おばちゃん、こないだよんでくれたやつ、よかったなあーあれ、すごくよかった!」と感に堪えないという感じで言うのです。
いかにもわんぱくそうなその子がいいと言った絵本は、なんと、「かあさんのいす」(サラ・B・ウィリアムス)だったのです。
嬉しかったなあーときどきあるこんなことに励まされながら、やり続けています。

 わし子様、夏も終わりましたね。さて学校での読み聞かせ報告ありがとうございます。本校では、私が転任してきた時に「読み聞かせ終了後、全員が短い感想を書いて渡して」いました。当時1年生担任だった私もそのようにするということで、書かせていましたが、私が図書館担当になり、止めました。よく分かっている読み聞かせの方は「当然」と思っておられたようですが、「やってもらっているのに失礼だから」と学校側が配慮したのだと思います。
 ただし、読み聞かせる側と学校側との信頼関係&読み聞かせに対しての理解がなければ「読んだ後は余韻に浸る時間にしてください」ということは、なかなか伝わりません。また、学校でそう決めてもクラス担任自身が「物語を聞くこと」を理解していないと、やはり「はい、感想」となります。子供が読んでもらった本に対して思わずつぶやく言葉や、思わず語りかける言葉にどれだけの真実があるかということを理解してもらうのは、かなり骨の折れることだと思っています。

心の中味を言語化することより、
子どもの表情と目の輝きで、話しては満足できますよね。

何もしたことがない私ですが、
自分の子どもにはお話をしたことがあります。
少々の経験ですが、至福の時でした。

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