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2008.06/18 [Wed]
『アンのゆりかご:村岡花子の生涯』を読む
夫からまわってきた『アンのゆりかご:村岡花子の生涯』(マガジンハウス刊)を読んだ。久しぶりの楽しみの読書。学期中にやらねばならないこと(無限にある)をほうりだして、楽しみのために本を読むのはとても気がひけるが、いったん読みはじめたらやめられなくなってしまった。
『赤毛のアン』の訳者として知られる村岡花子の孫(実際は花子は大伯母にあたる)の書いた伝記であるが、明治、大正、昭和を生きたひとりの女性の伝記としても興味深く読める。今さらながらだが、戦中、戦後の言論弾圧や出版事情などの社会情勢も丁寧に書きこまれていて、感慨深かった。
彼女は、文字通り空襲警報の鳴り響く中で、『赤毛のアン』を翻訳していたのである。そのときの彼女の平和を希求する精神や子どもたちへの思いがひしひしと伝わってくる。村岡花子のその精神に思いをよせるとき、現在(いま)という時代のもつ「ゆがみ」や「なまぬるさ」を考えないわけにはいかなかった。
写真や年譜など資料も豊富なのだが、「著作・翻訳書目録」がないのがとても残念だった。まぁ、『赤毛のアン』だけでも何十種類もあるわけだから、それを整理して目録を作るだけでもたいへんな仕事だと解るが。
にわかに「アン熱」が出てきた。そういえば『赤毛のアン』は母が好きだった本だ。
『赤毛のアン』の訳者として知られる村岡花子の孫(実際は花子は大伯母にあたる)の書いた伝記であるが、明治、大正、昭和を生きたひとりの女性の伝記としても興味深く読める。今さらながらだが、戦中、戦後の言論弾圧や出版事情などの社会情勢も丁寧に書きこまれていて、感慨深かった。
彼女は、文字通り空襲警報の鳴り響く中で、『赤毛のアン』を翻訳していたのである。そのときの彼女の平和を希求する精神や子どもたちへの思いがひしひしと伝わってくる。村岡花子のその精神に思いをよせるとき、現在(いま)という時代のもつ「ゆがみ」や「なまぬるさ」を考えないわけにはいかなかった。
写真や年譜など資料も豊富なのだが、「著作・翻訳書目録」がないのがとても残念だった。まぁ、『赤毛のアン』だけでも何十種類もあるわけだから、それを整理して目録を作るだけでもたいへんな仕事だと解るが。
にわかに「アン熱」が出てきた。そういえば『赤毛のアン』は母が好きだった本だ。
- at 07:52
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