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脇明子『物語が生きる力を育てる』を読む

脇明子さんの新しい著作『物語が生きる力を育てる』(岩波書店)を読んだ。まさにいま私の関心の中心にある「物語の力」について論じられてるので、大いに考えさせられ、触発されるところの多い充実した読書であった。

前作である『読む力は生きる力』をさらに深めて、昔話や物語の読書が子どもの成長のどのような部分と関わり、子どもたちに「読書」がどのような力を発揮するのかについて、具体的に作品をあげ、丁寧に解説しながらの論考は非常に説得力のあるものであった。

この著作でとくにすぐれているのは、第4章「感情体験の大切さ」における、「不快感情の体験と物語の役割」の項である。「不快感情」を体験することの必要性、また、その体験を物語をつうじてなされることの利点について、具体的に作品をあげ議論している。

現代人は子どもも含めて、「不快感情消去マシーン」をもっていると、脇さんは指摘しているが、消去マシーンが簡単に手にはいることへの懸念も表明している。

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・・・しかし、子どものうちから消去マシーンに囲まれていたら、自分の不快感情を認識して原因を見きわめることもできませんし、ましてや、対処すべきことに勇気を出して対処するすべなど学べるはずがありません。そんなふうに育った子どもが。大きな不快感情に襲われた時。それは「不可解で手に負えない経験、なんとしても避けるべき経験」「自分を混乱させる不快感のかたまり」でしかないのだ、とゴールマンは述べています(p83~84)
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そして、「優れた児童文学のなかには、子どもの心のなかで起こっていることがいきいきと描かれていて、感情移入しながらそれを読んでいると、自然にさまざまな不快感情を味わうことになるものがたくさんあります」(p84)と続け、なぜ「不快感情」に関しては物語で体験した方がよいのかが述べられている。

物語に感情移入して読むためには、どのような物語体験をすべきなのかということに関しても、脇さん自らの体験や学生の事例などが検討されていて、私にとっては、いろいろ言葉にならずもがいていた思いをきちんと言語化してもらって、すっきりしたし、心にすとんと落ちた。

読後の高揚した気持ちで書きはじめたブログであるが、実は、このようにしてごく一部を紹介するだけでは、やはり誤解して読んでしまう人がいるのではないかと危惧している。なにしろ、あのSMさんが、脇さんの前作を「本を読まないとテロリストになると言っている」と手厳しく(私にしたら重箱の隅の隅をつつくようなもの、というかSMさんの意識的な誤読?)批判した一件があるからだ。SMさんは私自身が私淑している方であったから、かなりショックでもあった。しかし、SMさんの意見に盲従している人もいるらしいし(「テロリスト」の件で質問しながら、「ああ」と、検証もせず受け容れてしまった人の存在を、私は知っている)、事は微妙なのである。

閑話休題。

というわけで、脇さんが優れた作品としてあげていて、読んでいない作品(『王への手紙』。これは気になっていた本だったのだが)を注文し、すっかり忘れていた作品(『ハイジ』)を読み直しているところである。本棚の奥から『ハイジ』を探しだすのにずいぶん時間がかかってしまったが。

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