わしこの読書日記

子どもの本や絵本について研究しているわしこの読書日記と身辺雑記。

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雑記

懸案だった非常勤先の「短期カレッジ」(公開講座のようなもの)が無事終了した。最後の語りがすばらしく、方言の語り「あとかくしの雪」には不覚にも涙が出てしまった。私が担当した「講義」では、「なぜ語りは暗記すべきではないか?」という点について、「語りの言葉の特質」や「語りの文体と読む文章の違い」などをふまえておはなしした。

ストーリーテリング関係の著作のどれを読んでも(ルース・ソーヤー、アイリーン・コルウェル、松岡享子、櫻井美紀など)、「ストーリーテリングとは文章を暗記して言葉に出すことではない」ということを主張しているのであるが、私が聞いた語り手の多くは、テクストに頼って語っていたように思われる。テクストに頼る語り手の語りは、自分の語り口を持っている語り手と比べると、語りの魅力に欠けるようだ。怖くない「フォックス氏」やおもしろくない「3匹のコブタ」を図書館や昔話の講座で聞かされたことをよく覚えている。

また、「語りはもともと口承文芸であるから、一言一句暗記すべきではない」とお題目のように言われても、理論的に説得されないとなかなかすっきりしないものだ。私たちはすでに文字時代に生きており、文字に依拠していなかった中世の吟遊詩人ではないからである。「語り」とはいえ、かなりの程度テクストに頼らざるを得ない。

幼い子どもの抜群な記憶力に驚かされることもあるが(俵万智は3歳の頃、『3びきのやぎのがらがらどん』を、まるで字が読めているかのように「読んだ」そうだ)、あのような特異な記憶力というものは、彼らが無文字の時代に生きているからこそのものであろう。学校教育の目的には、無文字時代の子どもを文字化することがあるだろうが、「声の文化」を十分経験しないで「文字化」しようと企んでも、困難がつきまとうであろうことは想像に難くない。一人の人間として、「声の文化」を存分に経験しなければ、文字時代に進めないというのは、人間としての個人の成長と人類の成長の不思議なシンクロニシティを考えると納得できる。それにしても、地球上には約3000の言語が存在しているが、文字を持っているのは、たった78だけであるという指摘にも驚かされる。

昨日は、敷地内で行われている「朗読教室」に出かけた。1回目は仕事のため、開始30分で「早引き」したので、フルでの参加は昨日がはじめて。講師の「ダメだし」で、受講生の声が変わり、「読み」が変わり、一つの作品ができあがってゆくのを体験できるのはワクワクする。先生の私へのコメントは、「表現しようとしてはいけない」というものであった。むずかしいが、面白い。それぞれのテクスト(3種類のテクストの「笠地蔵」を使用している)をどれほど深く読みこむのかが基本になる。いかに上っ面だけしか読んでいなかったのかに気づかされた。

かつて、『ページをめくる指』を読んだ時、金井美恵子はただ者ではないと感じたが、最近、彼女のエッセイ、小説を集中的に読んでいる。おもしろい!
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