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成績にクレーム!

「単位不認定」になった学生が、「自分は嫌われているから」単位が認定されなかったのではないかと、クレームをつけてきた。「とーんとん、とんでもない!」(だいたい、こんな理由で聞いてくることがおかしいと思うのだが)。こちらだって、成績を出す前には、何回も点検し、レポートを読み直して、成績をつけるのだから、好悪の感情に左右されることはない。しかも、顔をあわせることもほとんどないシステムの中でどうやって「好き嫌い」が生まれるというのか! また、他の科目ではレポートの書き方についても何も問題ないとも主張していたが、私の授業では違うんだって。だから、コメントに対しても高をくくって、きちんと読んでくれないし、直してもこなかった学生である。

人間的な部分で感情は生まれないが、レポートの内容、取り組み方には、書く人の人間性や知性が反映する。それに対しては、「感情」というか、「思い」は生まれるかも知れない。「誠実に取り組む気のない文章」(こういうのに限って、「私は誠実に取り組んでいる」とアピールしてくる)、「おざなりな言葉を並べ立てただけの文章」、「わけのわからないめちゃくちゃな構成と文体の文章」、こういうのは困る。それでも、直すべきところを指摘し、何回かの書き直してつうじてずいぶんよくなるのだ。でも、「この程度のレポートならば、問題なく書ける」という、変なプライドの持ち主には、残念ながら成長はない。

そういえば、まるまるパクリのレポートを書いてきて、「なぜ不合格か」と聞いてきた女子学生もいた。厚顔無恥とはこのことだ。「パクリ」だろうという疑念だけでは、不合格にできない。この場合は、文献が特定できたのである。最近は、ネットをつうじて簡単にコピーできるせいか、公開の論文をパクる不届きな奴もいる。英語の引用があったので(英語で引用するというのは、英語で読んだことをアピールしている)、自訳を示せといったら、"bank"(川岸)の意味を読み違えて「銀行」と訳してきて、馬脚を現した。情けない。

未訳の古い文献について縷々述べてきているレポートがあったが、これも「パクリ」だろうと、いろいろ探したが特定できなかった。同僚に相談して、「不合格」にした。「疑惑」以上に、レポートの内容、形式に問題があったからだが、彼女の言い方がふるっていた。「二度とこの学生に会いたくないのであれば、"C"をつければよい」というのだ。彼女にとって"C"というのは、そのような評価である。CやD、可や不可をつけるのには勇気がいるのである。

ところで、授業をつうじて「子どもの本のすばらしさ」を実感したというメールが来ていた。これほどうれしい言葉はない。教師冥利に尽きるというものだ。


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お疲れ様でした。

色々な学生がいることは知っていましたが、「嫌われてから単位をくれないのか?」という学生まで出てきたのですね。常識も非常識もたっぷりわきまえた社会人が多い大学なのに、情けないことです。それとも、常識も非常識もわきまえているからこその暴挙なのでしょうか。どちらにしても、こういう人たちに司書資格を与えたら、図書館の質は大きく低下してしまいます。夢と希望をもって図書館を訪れる子ども達に、どれ程悪い影響を与えてしまうことになるかと思うとぞっとします。

子どもって大人以上に感性が豊かで、本物とニセモノの区別や本気で向き合ってくれているか否かを本能的に嗅ぎ別ける能力に長けた、大人とは別次元の生き物だと思っています。彼らと対等に向き合うためには、真摯で誠実な姿勢を持つように日常から努力することが必要だと感じています。

テキスト履修は今学期で終了とのこと、お疲れ様でした。来学期からのスクーリング授業も頑張って下さい。

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