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『Miss Potter』を読む

秋に公開される映画「ミス・ポター」の原作、Miss Potterを読んだ。”A Novel”とあるので、必ずしも伝記的事実に忠実ではないようだが(親子関係、ヒーリス氏との出会いなど)、面白かった。Miss Potterでは、編集者であったノーマンとの恋愛が大きなプロットを作っているが、やはり映画化が前提では、そう作らざるを得ないのかとも思う。

私は、ポターが、なぜ子どもの物語を書こうとしたのか、あるいは、子どもの物語を書くなかで、何を求めていたのかという点に興味があるのだが、この作品では、むしろ「なぜ子どもの本の作家であることをやめたのか」という視点が与えられているように思う。

というわけで、少し物足りなかったので、『ものいうウサギとヒキガエル』(猪熊洋子/偕成社)を再読。

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イソップ以来の「動物擬人化」の伝統に忠実である一方で、時代の強い抑圧のもとに生きていたポター個人の内部にひそんでいた自由への欲求、自分を抑圧するものにたいする批判、風刺などの精神によって人間の原型を提供しうるものとしての動物の世界が再発見されているからにほかならない。彼女は擬人化した動物を使うことによって、子どもに向かって物語りながら、同時におとなの内なる世界にひそむものを表現するという、イギリス児童文学におけるキャロル以来のファンタジー伝統の正当な後継者となったのであった。(『ものいうウサギとヒキガエル』p143)

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「子どもに向かって語りながら、同時におとなの内なる世界にひそむものを表現」している作品といえば、ゴッデンの『ねずみ女房』もそうではないか。いやいや、アトリーの「グレイラビット」のシリーズにだって、「おとなの内なる世界」が描かれている。なぜ、「子どもに」だったのか、気になる。

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