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旅の記録<2>語り手 タフィー・トマス

グラスミア在住の語り手、タフィー・トマスが「私がサーカスで火を食べていた頃に…」と、自己紹介をはじめた時にはびっくりしてしまった。彼については、『語りの世界40:世界の語り手たち』(語り手たちの会)からの知識しかなく、もちろんその記述には「サーカスにいた」なんてことは書かれていなかったからである。だから、「タフィー流のジョーク?」とさえ思ってしまった。

ところが、Storytelling and Theatreに掲載されているインタヴュー記事によると、どうもそれは本当なのだ。タフィーは、1984年に脳溢血で倒れ、声を失い、半身麻痺になった(なんとそれは彼が36歳の時だ)。その回復期に治療の一環として、本格的にストーリーテリングを始めたということだ。しかし、お話そのものには小さい頃から触れていたらしい。お話だけでなく、彼が生まれ育った地域の民俗演芸集団(イェッティズ)の歌やダンスや語りが後のキャリアに大いに影響を与えているよう思われる。この経験が後のフォーク・オペラ"The Shipbuilder"(「船大工」か)につながっていったのであろう。

「病気にならなかったら、語り手になっていただろうか」というインタビュアーの最後の質問に、タフィーはこう答えている。

発病しなかったとしても年齢を重ねてくれば、語りをすることを考え始めていたかもしれない。それでも50代の初め頃までは、火を食べ、割れたガラスの上で踊り、身体で石を受けとめるなどという技をよろこんでやっていただろうと思う。しかし、患ってからというもの、語りこそが、自分自身が生きるための言語治療として不可欠なものだった。

こうしてタフィーの人生の一端を知ると、彼の人生が「タフィーの語り」を作っていたことに気づく。彼の語りやレパートリーにはエンターテイナーとしてのタフィーが脈々と息づいていると思うのだ。なんと彼は、一時、漁師だったこともあるらしい。

ところで、タフィーのところでは「語りのワークショップ」が開かれるはずになっていたのだが、あれはいったいどうなったのだろう?

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