わしこの読書日記

子どもの本や絵本について研究しているわしこの読書日記と身辺雑記。

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『バスラの図書館員』を読む。あれれ?

「葦岸堂之日々是日々」というブログの主宰者である「葦岸堂」さんより、『バスラの図書館員』の翻訳には問題がありそうだということをうかがっていた。気になっていたのだが、図書館にゆく暇もなく、とうとうアマゾンからしぶしぶ取り寄せた。原書は出版後すぐに入手していたし、「出版を前提」に訳も完成させていたので、じつは日本語訳は必要なかったのである。なんと日本語版は、原書より一回りも小さいのである。

この絵本は、イラクのバスラで実際にあったことを作品化したもので、そのネタもとは、2003年7月23日付けで『ニューヨークタイムズ』紙に掲載されたシェイラ・ディーワン氏の記事である。バスラの図書館で働くアリア・ムハマッド・ベイカー(Alia Muhammad Baker)さんが、アメリカのイラク侵攻下において、図書館の蔵書のほぼ70%にあたる3万冊を個人の力で救い出したという話である。

私がこの絵本に出会ったのは、ヴァンクーバー市ディヴィッド・リヴィングストン小学校を訪問した2005年1月のことである。先生(司書教諭)が小学校1年生の子どもたちに「読み聞かせ」ていた授業を見学したのである。日本語版は、多人数にむけてわかちあうというより、個人の読書を想定して作られたように思われる。少なくとも小学校低学年が読めるようには編集されていない。

ここだと思われるところを見つけた。以下、原文、日本語版、わしこ訳の順序で紹介する。

At last, the beast of war moves on./ Alia knows that if the books are to be safe,/ they must be moved again,/ while the city is quiet./ So she hires a truck to bring all thirty thousand books/ to her house and to the houses of friends.

やっと、戦争というけだものは、町をでてゆきました。
町が静かになっても、アリアさんは安心しませんでした。
もし本が無事だとわかったら、戦争というけだものは、
きっとまた、町にもどってきます。
アリアさんはトラックを借りて、3万冊の本全部を、
じぶんの家と何人かの友だちの家にはこびだしました。(日本語版)

ようやく、戦争という怪獣がこの町からうごきはじめました。
しかし、本をまもるためには、いまのうちに
本をどこかにかくさなければいけないことが
アリアにはわかっていました。
30000冊の本をアリアははこびます
じぶんの家へ、友だちの家へ。(わしこ訳)

日本語版は、明らかに<if the books are to be safe, they must be moved again>を読み違えているようだ。よく読んでみると<もし本が無事だとわかったら、戦争というけだものは、きっとまた、町にもどってきます>は、意味をなしていない。私は、この本を小学1年生にも理解してもらうことを念頭において訳文を作ったので、今こうして書き写してみると、いかにもぎこちないのが情けない。

また、「アリアさんはのぞみをすてない」という表現が使われているところが数カ所あるが、原文では、<wait>である。「アリアさんは戦争が終わるというのぞみをすてません」は、<She waits for war to end.>である。「まつ」と「のぞみをすてない」の違いは微妙かもしれないが、本質的であるように思う。この絵本における<wait>には、理不尽な戦争に対するある強い意志を感じるのである。

日本語版の帯には、<「この絵本が好き!2007年版」(平凡社)ベスト4位!><厚生労働省社会保障会議推薦><やまねこ翻訳クラブ絵本部門対象受賞>という文字が躍り、2007年4月には、第5刷が出版されている。評判になった絵本だけに、これまで何の対応もなされていないことが残念である。

●Jeanette Winter. The Librarian of Basra :A True Story from Iraq. Harcourt,INC. 2005.
●ジャネット・ウインター絵と文、長田弘訳、『バスラの図書館員:イラクで本当にあった話』。晶文社。2006年。
  • [No Tag]

*Comment

NoTitle 

すてきな日本語訳を読み、つい自分の気持ちを伝えたくて、書いてます。

私が翻訳をしたら、わしこ先生のようにはなりません。もちろん、くどくて、すっきりしない訳になります。
文章力、言葉力、考察力、伝達力と全部がありますと、読み手は頭のなかで映像を作れます。
驚きました。だから、皆さんに尊敬され慕われているのですね。
11日が本当に楽しみであり、緊張してます。

NoTitle 

わしこ先生、初めてこちらにカキコさせて頂きます☆

『バスラの図書館員』、とても好きな絵本なのですが、何回かこの本を小学高学年に読み聞かせした時、まさにこの箇所がどうもしっくりこないのを感じていました。
自分の中で、言葉がちゃんと消化されないまま、この絵本の良さを伝えたくて読んでしまっていました。

原文を読んで納得しました。
"They"は、戦争というけだもののことではなく、運んだ本を指していて、"moved again"は、レストランへ運び出した本を“また、自分や友だちの家へ移す”というということなんですね。"while"も、この場合、長田さんの訳のような"although"的な意味ではなく、“〜の間に、〜のうちに”の訳の方が自然な気がします。わしこ先生の訳があまりにもわかり易いので、長田さんの訳がやけに直訳的で固い気がします。"moves on"も、退去の意で“でてゆきました。”という長田訳が普通かなと思いますが、わしこ先生が“うごきはじめました。”とされたのは、現在形が使われている臨場感を大切にされたのかなぁと、わかり易いながらも訳の深さを感じてしまいます。

本当に、翻訳が違うと作品の雰囲気まで変わってしまうものだという事が、この短い箇所からもわかります。
翻訳というのは、責任重大な仕事なんですね。

訳がちゃんと改訂されるまで、残念ですがこの絵本の読み聞かせはやめておこうと思います。
(わしこ先生の訳で出版されるといいのに・・・)
  • posted by ろくべえ 
  • URL 
  • 2007.06/09 01:22分 
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日本語訳 

松本和子さま、ろくべえさま:コメントありがとうございます。拙訳を丁寧に読んでいただいてありがとうございました。私は、拙訳を原書に切り貼りしてつかっています。拙訳でよかったら、さしあげます。図書館の本に貼ることはできないでしょうが、よい方法があるかもしれません。お好きな本なら、ご自分で訳文を作るということもできますね。
  • posted by わしこ 
  • URL 
  • 2007.06/09 07:12分 
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わしこさま、こんにちわ!
先日は、コメントをありがとうございました。
この記事を読んで、なるほど〜そうだったのか〜、と目からウロコでした。
語学は苦手な私ですが、原文で読むことの大切さを教えていただいた気がします。
また、「日本語版は多人数にむけてわかちあうというより、個人の読書を想定して作られたように思われる。」の部分は非常な共感をもって読ませていただきました。この本を小学校の図書室にただ置いていただけでは、残念ながら子ども達の手にはとってもらえません。読み聞かせるのが一番なのですが、絵も小さく、言い回しも難しいので読み聞かせに適していません。こういった絵本が出版されるということは素晴らしいことだと思います。後は、私たち大人がどうやってそれを子どもの手に取らせるか、だと思います。
  • posted by Helenaヘレナ 
  • URL 
  • 2007.11/16 12:26分 
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