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また、また『くまのオルソン』

「わしこの英語塾」こと、「英語で民話を語る会」では、6月の「英国ストーリーテリングの旅」を控え、準備にも熱が入ってきた。昨日は、メンバーお二人の課外レッスンということで、「絵姿女房」「指を喰う娘」の英文作りにいそしみ、いちおうの完成を見た。しかし、覚えているのは、楽しいおしゃべりとレッスン後の××でしたね。う・ふ・ふ。『たんげくん』も読んでもらって、とても幸せでした。

ここでも私は『くまのオルソン』を聴いてもらって、疑問をお二人にぶつけた。彼女たちはもう15年以上もさまざまなところで語りをしているベテランなのである。まず、この絵本は、小学校低学年には難しいのではないかということだった。つまり、オルソンの孤独感を理解できるのは、もう少し大きくなってからではないか、ここで書かれているオルソンの孤独感はとても深く、「こぐまがちいさなこえでオルソンをよんだ」という結末では補いきれないのではないか、ということである。ちいさな子どもたちには、もうひと言あってもいいのではないかという意見であった。なるほど、とうなずくものの、すべて疑問が解決されたわけではなかった。ちなみに、英語版では"It wouldn't be a lonely winter at all"とあり、「ひとりぼっち」ではないことが暗示されている。日本語版では、中扉に書かれているオルソンとこぐまが手をとりあって踊っている絵が、裏表紙にもつけ加えられている(英語版、フランス語版にはない)。

原典のフランス語版では、作家や画家が強靱な意志で「オープンエンディング」をねらったとも考える本作りでもあることも確認された(これは、同じ作家の『まっくろひよこ』を読むとよくわかるだろう)。しかし、私は、小さい子どもたちにこそ明確に「幸福の結末」を受けとってほしいと思っているのであるし、ここから「幸福な結末」を読むことが、とても大切だと思ってきた。

その時、ママウィッチさんの「現実的にはぬいぐるみは本物にはならないとわかっていても、そうなって欲しい、と強く思わなければ、本当のこぐまになったと想像できないのだと思います」という意見を拝見して、「ああ!」と、私の中で何かがはじけたように感じた。

この絵本を読む子どもたちには、ぬいぐるみのコグマが「いきたくまのこ」になってほしいと強く願ってもらいたいし、「いきたくまのこになる」ことを信じてほしかったのだと、自分が考えていたことが解ったのだ。

子どもの本には、日常と地続きのまま不思議な出来事がごく自然に起こる展開が多くある。子どもたちはその不思議を、そのまま、あるがまま受けとめ、よろこびを感じる。しかし、その時期は短い。高学年になってしまえば、どこかで「現実を直視」してしまうだろう。不思議をそのままに受けとめることのできる時代にこそ、不思議な物語にひそむ「幸福な結末」をしっかり自分のものとして体験してほしいのだ。そして、数多くの「幸福な結末」は、たくさんの物語体験からつくられるものであり、この経験が、実生活の中で「希望」をつなぐ力を促してゆくのではないかと考えている。

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NoTitle

わしこ様はたくさんの「幸福な結末」を持っていると確信しました。それは、大事な原体験だと思います。
何故と問われますと、答は「生きる力」になっていると感じたのです。
たくさんの「幸福な結末」を知っていると、想像する力があります。大げさに言えば、自殺などを考えず、生きることを考えることに、繋がるのではないでしょうか。
どうしても、これをお話したかったです。

また、「くまのオルソン」も読みますね。

未購読が多いすみっこの友人より

NoTitle

わしこ先生こんばんは☆お邪魔しております。
先生が「くまのオルソン」を気に入っていたことは知っていましたが、こんなに深く掘り下げて考察していらっしゃったなんて驚きです。
今はまだ言葉がまとまらないのでコメントは控えますが、いつか私がこの本を読んだ時の最初の感想も聞いて頂きたいなぁと思いますので、その時はよろしくお願いします。(ひねくれているのか解釈が微妙に周りと違った気がするんですよね)
それでは、また覗きに来させて頂きますね~。

P.S. 後でPCにメールします。「よしのぶ。」じゃ誰かわかんないですもんね。。。

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