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『くまのオルソン』再び

とうとうリアル大学の授業も始まった。今年も、英文科の基礎的な科目である少人数の演習形式の授業を二コマ(一年生、二年生)担当する。学生の英語力のなさを嘆く声も大きく、一年生は、専門性の重視というより、語学力アップをめざすことになっている。というわけで、今年は「英語を英語のままで読めるようになろう」というのを目標に、比較的やさしい物語の多読を予定している。

英文の読み方を説明し、テキストを少し読んだあと、「物語を読む」とはどのようなことかを考えるために、『くまのオルソン』(徳間書店)を読んだ。作品は、おおむね好評だったが、やはり「ものたりない」という声も出てきた。また、むしろ「オープン・エンディング」そのものを評価する声もあった。さらに、小グマの声はオルソンの願望であり、「オルソンの中で本物になったコグマが呼びかけた」「オルソンの孤独に対する心の叫び」「幻聴」などという意見もでてきた。これらの意見は、「読み」としてはレベルが高いのかもしれないし、このような読みも「アリ」なのだとは思うのだが、この作品に、「幸せな結末」を読んだ学生は、思っていたより少なくてびっくりした。なんだか釈然としないのである。なぜだろう。

また、全体的な傾向として、子ども時代に「読書」をたっぷり楽しんだという学生も少なく、「ハウルの動く城」(映像)の作者は好きですが、が、作品を読んだことはありません、なんていう学生もいた。

さてさて、どうなることやら。前途には何が待ち受けているのだろうか。

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イマドキの読み方

『くまのオルソン』、実は私もそう読んでしまったのでした。
つまり「オルソンの願望が、声になったのではないか」。

オルソンは自らこぐまとの別れを選んでいるので、“良識あるオトナ(くま)”のはずなので、それはないだろうと、打ち消したのですが…。

このようなエンディングの捉え方は、非常に今日的だと思います。私も含め、20代、30代はゲーム世代、バーチャル世代です。リアルな経験が少ないといいましょうか。
私自身は、親の方針で家にゲームはなく、完全なバーチャル世代ではないと思うのですが、それでも強い影響を受けてます。
最近の人気小説にも実は「自分の妄想だった」というようなオチが見られたり、現実世界の息苦しさをテーマにするものが増えているように思うのです。
現実世界の息苦しさから、「幸せな結末」を実感できない人が増えているのではないか。
そう考えました。

『くまのオルソン』の結末をどう受け止めるか、国際比較をすると面白いかもなぁ、とちょっと思いました。
日本はunhappy endingを想像する人が多そうな気がします。

オルソン

snowyさま:「生きたクマの子になった!」と心からほっとし、よろこんだ私は単純なのかもしれません。ただ、小さい子どもたちには、この絵本に無条件に「幸福な結末」を読みとってほしいと思います。それこそが、彼らの生きる力を促すことになると思うのです。また、ここに「幸福の結末」を読むことが、物語の力でもあるのだとも思います。そういう意味では、この作品の物語の力は弱いのでしょうか?

物語の力が弱いのではなく…

わしこ先生、こんにちは。

物語の力が弱いのではなく、読み手の方に、言い換えるならば、日本の現状に問題があるのだというのが、私の実感です。
素直に幸せな結末を信じられないといいますか、「こんなに上手くいくはずがない」と思いがちなんです。
現在、「18歳までの“子ども”」と接する機会が少ないので、「小さい子どもたち」がどう受け取るかはわからないのですが、20~35歳位までの読者では「幸せな結末」を想像できない人の方が多いだろうなぁ、と思います。

「ロスト・ジェネレーション」などと新聞で名付けられている、私の世代は、なかなか厳しい状況(就職難でフリーターなどの無権利状態の人が多い&正社員だと忙しすぎてプライベートがない、などなど)に置かれ、幸福を信じにくいのです。

なので、決して物語の力が弱いからではないと思います。オルソンの孤独がリアルに分かる世代だからこそ、自分にひきつけて考え、「そんなに上手くいくはずがない」、「私にそんな幸せがくるはずない」と思ってしまうのかもしれません。

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