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石井桃子『幻の朱い実』を読む

石井桃子さんの『幻の朱い実』(岩波書店)を読んだ。たぶん、3度目か4度目である。再読したのは、マーシャ(マーシャ・ブラウンさん)が1994年5月に来日したすぐあとのことである。この作品は、94年3月に出版されているから、私は出版後すぐ読んでいることになる。

『幻の朱い実』の再読についてはっきりした記憶があるのは、「モモコの新しい小説」として、マーシャの講演につきそって2週間ほど各地をめぐったときに話題に出たからだ。マーシャは、石井さんの「私小説」らしいが、どうなのだという質問を私にしてきたことをよく覚えている。「私」的な部分はもちろん私にわかるはずもなく、ただ、あの世にある幼稚園で『プー横丁にたった家』を読んであげたい友人のことが出てくることだけは、何かで知っていた。

石井さんらしき人物「明子」にも、結核で夭折する「蕗子」にも共感しつつ、あの時代と現代とのあまりの「違い」にびっくりしたこと、明子と節夫の夫婦関係に対して、一方的に節夫に怒りを感じていたことが記憶のなかから鮮明に蘇ってきた。そのへんの思いは、あまりいまも変わっていなかったが、今回は、明子の孤独感が身にしみたし、彼女が老齢といわれる歳になって、もう一度友人と蕗子の最後の時をたどり直すことの意味が迫ってきた。

『図書』のなかで、今江さんのひと言に触発されて読んだ『幻の朱い実』だったが、「老い」を生きることが切なく、辛く身にしみるようになったのは、私も確実に年齢を重ねている証拠のようだ。

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