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2007.02/09 [Fri]
三浦佑之『日本古代文学入門』を読む
さすがに一気読みというわけにはいかなかったが、『日本古代文学入門』(幻冬舎)を読んだ。三浦先生のところで勉強させていただきたい、という気持ちがむくむく生まれてくるほど、刺激的で興味深い内容であった。『古事記』『日本書紀』『日本霊異記』『竹取物語』『万葉集』などを「異界」「男と女」「エロ・グロ」「事件」を切り口に作品に迫っている。作品に書かれた事柄を通して、古代人の心性を探るという視点があるため、作品の読み方にも独特の視点がうかがえて、いろいろヒントをいただいた。
例えば、『常陸国風土記』に収録されている「松に変身した少年と少女」のお話から、私は松谷みよ子さんの『つつじのむすめ』に関する、新たな視点を得、新たな解釈の可能性を感じた。あるいは『古事記』の安康天皇に関する記述と『ハムレット』との類似性の指摘には、私の浅学のためとはいえ、驚きと、学ぶことの喜びを今さらながら感じた。イザナキが「桃の木」に呼びかけることの意味と『帰還』で出てくる「桃」の関連にもある気づきがあった。
三浦先生は、書かれたことが「事実かどうか」ということにこだわるのではなく、文字によって記録されることがどのような意味をもっているのか、ということをつねに考えていらっしゃるので、自ずと「語ること」の本質への問題提起がなされ、これもまた刺激的であった。
大学時代に「宴会での戯れ歌」と講義で聞いて、ロマンチックな恋という幻想が打ち砕かれ、とてもがっかりした記憶のある額田王と大海人皇子の歌についても、事実かどうかではなく「伝承や噂はどのように作られるか」(p279)を見据えることで、じつは二人の作ではないというお考えには、ちょっとだけあのときの「失望感」を癒されたような気がする。
古老が語ったものとして書かれた『口語訳古事記』、『古事記講義』(ともに文藝春秋)も時間を見つけて、もう一度ちゃんと読まなきゃ。
『稲の旋律』の続編(姉妹編と呼ぶべきか)『風車の見える丘』(旭爪あかね/新日本出版社)を読んだ。とてもよい。
例えば、『常陸国風土記』に収録されている「松に変身した少年と少女」のお話から、私は松谷みよ子さんの『つつじのむすめ』に関する、新たな視点を得、新たな解釈の可能性を感じた。あるいは『古事記』の安康天皇に関する記述と『ハムレット』との類似性の指摘には、私の浅学のためとはいえ、驚きと、学ぶことの喜びを今さらながら感じた。イザナキが「桃の木」に呼びかけることの意味と『帰還』で出てくる「桃」の関連にもある気づきがあった。
三浦先生は、書かれたことが「事実かどうか」ということにこだわるのではなく、文字によって記録されることがどのような意味をもっているのか、ということをつねに考えていらっしゃるので、自ずと「語ること」の本質への問題提起がなされ、これもまた刺激的であった。
大学時代に「宴会での戯れ歌」と講義で聞いて、ロマンチックな恋という幻想が打ち砕かれ、とてもがっかりした記憶のある額田王と大海人皇子の歌についても、事実かどうかではなく「伝承や噂はどのように作られるか」(p279)を見据えることで、じつは二人の作ではないというお考えには、ちょっとだけあのときの「失望感」を癒されたような気がする。
古老が語ったものとして書かれた『口語訳古事記』、『古事記講義』(ともに文藝春秋)も時間を見つけて、もう一度ちゃんと読まなきゃ。
『稲の旋律』の続編(姉妹編と呼ぶべきか)『風車の見える丘』(旭爪あかね/新日本出版社)を読んだ。とてもよい。
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高校のとき古文の授業は嫌いでしたが古文の訳の時間は好きでした。
先生のお話を聞くと読みたい本が出現しすぎて困ってしまいます。
テスト期間もおわったことだし読書の秋ならぬ読書の春にしたいです。