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2007.01/20 [Sat]
「新しい段階」の意味
読書日記を書く暇もおしく、新旧とりまぜあれこれ本を読んでいる。古いところでは、『マヤの一生』(椋鳩十/大日本図書)、『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/岩波書店)などなど。『君たち…』の主人公であるコペルくんは、中学二年生であるが、今どきの大学生にも読んでもらいたい本である。
ところで、『週刊読書人』には、年末に「児童文学回顧:動向・収穫」が掲載される。ここ数年の評者は、ひこ・田中氏である。残念なことに、物理的にも経済的にも、出版される児童文学をすべて網羅できるわけではないので、私は、年末のこの記事をありがたく参考にさせていただいている。さて、「2006年児童文学回顧」では、「大人と子どもの関係が新しい段階にきている兆候を示す作品」として、『荒野のマーくん その受難』(花形みつる/偕成社)『ハーフ』(草野たき/ポプラ社)が挙げられていた。さっそく『荒野のマーくん』をユーストで購入して読んだ。
ある日、見知らぬ少女がマーくんの家を訪ね、マーくんのパパに向かって「あたし、あなたの娘です」(p16)と言い放つところから物語は始まり、ママのいない(実家に帰ってしまった)マーくんとパパのほぼ2週間にわたる生活が描れている。ところが、このマーくんのパパがとんでもないのである。読みながら、「未熟なおとなであるパパ」「マーくんにたよる情けないパパ」に付箋を貼っていったら、本は、すごいことになってしまった。しかも、付箋の数に正比例して、だんだん腹立たしくなっていったのである。
先日、ここでも触れた『マリオネットディズ』には未熟でジコチューな非可塑的母親が描かれていたが、『荒野のマーくん』では、その父親版が登場する。この二つの作品は、ある意味で表と裏だろう。とにかく、読んでいると、これでもか、これでもかとパパの「無能ぶり」や「未成熟な子どもっぽさ」を見せつけられて不愉快だった。
パパの描かれ方が極端でリアリティに欠けるため、「戯画的でおもしろい」と思う人もいるだろうが、この作品もある意味現実を映し出していると考えると、ひこ・田中氏のように冷静に「新しい段階」にきているなどという状況分析はできない。「これまでの大人は、子ども時代を振り返りながら語ったり、子どもの側からもの申したりしてきた」(同記事)のが、「新しい段階」を受け容れている(受け容れざるを得ない)マーくんがあまりにも気の毒だからだ。また、この関係が「新しい」のであるならば、本なんか読んでいないで、現実を変えるために何ができるのだろうかと、しばし、考えてしまった。
文庫化された『穴』(ルイス・サッカー)を再読したため、さらに、Stanley Yelnat's Survuval Guide to Camp Green LakeとSmall Stepsを読んだ。アメリカの作品は、リアリズム系のものでも「ほら話」っぽいところがあるが、これも例外ではない。Small Stepsはグリーン・レイクキャンプのアームピットとX=レイの後日談である。最後まであきさせず読ませる力は、さすがルイス・サッカーである。
ところで、『週刊読書人』には、年末に「児童文学回顧:動向・収穫」が掲載される。ここ数年の評者は、ひこ・田中氏である。残念なことに、物理的にも経済的にも、出版される児童文学をすべて網羅できるわけではないので、私は、年末のこの記事をありがたく参考にさせていただいている。さて、「2006年児童文学回顧」では、「大人と子どもの関係が新しい段階にきている兆候を示す作品」として、『荒野のマーくん その受難』(花形みつる/偕成社)『ハーフ』(草野たき/ポプラ社)が挙げられていた。さっそく『荒野のマーくん』をユーストで購入して読んだ。
ある日、見知らぬ少女がマーくんの家を訪ね、マーくんのパパに向かって「あたし、あなたの娘です」(p16)と言い放つところから物語は始まり、ママのいない(実家に帰ってしまった)マーくんとパパのほぼ2週間にわたる生活が描れている。ところが、このマーくんのパパがとんでもないのである。読みながら、「未熟なおとなであるパパ」「マーくんにたよる情けないパパ」に付箋を貼っていったら、本は、すごいことになってしまった。しかも、付箋の数に正比例して、だんだん腹立たしくなっていったのである。
先日、ここでも触れた『マリオネットディズ』には未熟でジコチューな非可塑的母親が描かれていたが、『荒野のマーくん』では、その父親版が登場する。この二つの作品は、ある意味で表と裏だろう。とにかく、読んでいると、これでもか、これでもかとパパの「無能ぶり」や「未成熟な子どもっぽさ」を見せつけられて不愉快だった。
パパの描かれ方が極端でリアリティに欠けるため、「戯画的でおもしろい」と思う人もいるだろうが、この作品もある意味現実を映し出していると考えると、ひこ・田中氏のように冷静に「新しい段階」にきているなどという状況分析はできない。「これまでの大人は、子ども時代を振り返りながら語ったり、子どもの側からもの申したりしてきた」(同記事)のが、「新しい段階」を受け容れている(受け容れざるを得ない)マーくんがあまりにも気の毒だからだ。また、この関係が「新しい」のであるならば、本なんか読んでいないで、現実を変えるために何ができるのだろうかと、しばし、考えてしまった。
文庫化された『穴』(ルイス・サッカー)を再読したため、さらに、Stanley Yelnat's Survuval Guide to Camp Green LakeとSmall Stepsを読んだ。アメリカの作品は、リアリズム系のものでも「ほら話」っぽいところがあるが、これも例外ではない。Small Stepsはグリーン・レイクキャンプのアームピットとX=レイの後日談である。最後まであきさせず読ませる力は、さすがルイス・サッカーである。
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