スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シャロン・クリーチ『Love That Dog』を読む

どこかで読んだのかそれとも聞いたのか、もはや記憶は曖昧なのだが、金原瑞人さんが翻訳のクラスで教材に使っているらしいLove That Dogを読んだ。

SEPTEMBER 13

I don't want to
because boys
don't write poetry.

Girls do.

うっかりものの私は、ここを読んで、頭が「?」でいっぱいになってしまった。"I" を自分のこと、つまり「女の子」と読んだのである。日付のエントリーの上には、JACK とあったのに。

9月13日

いやだ

男は
詩なんて書かないものさ

女は ちがう

ストレッチベリー先生の詩の授業(アメリカではlanguage art というんだろうな)で、ウィリアム・カルロス・ウィリアムの詩を紹介され、自分たちも詩を書くことを奨励されたと思われる男の子の日記らしい。

詩なんて解らない、詩を書くなんていやだと思っていた少年が最終的には、自分の好きな詩人を見つけることができるほどに「詩」に喜びを感じるようになる物語の裏には、「愛犬の死」を詩として昇華させるという、つらい体験を対象化する過程の物語がある。この表と裏の物語は、あざなえる縄のように、絡みあって螺旋を成している。

しかし、形式面をも含めて「詩」の本質に迫ろうという意図があるため、読者には積極的に物語を「読む」をいう行為が求められる。読者が参加しなければ、少年の内的独白はその美しさを見せてくれない。

短い文が語単位で詩のように積みかさねられる詩的表現のために、読者の前には、まず一つ一つの言葉がゆっくりと屹立する。そして、読み手が作りだす言葉の共感や振幅に比例して、少年の内面の物語がストレートにつくられてゆく。

Yes, you can put the two blue-car poems on the board but only if you don't put my name on them.

このように一文で書いてしまえば、なんの抵抗もなく読めてしまう「普通の文」が、8行に分けて表記されると、少年の「詩」(自分の書いた二つの詩)に対する逡巡や愛着がじっくりと姿を見せてくれるのである。



コメントの投稿

非公開コメント

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

プロフィール

わしこ

  • Author:わしこ
  • 無断転載ご遠慮ください。
FC2カウンター
最近の記事
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。