わしこの読書日記

子どもの本や絵本について研究しているわしこの読書日記と身辺雑記。

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篠原まり『マリオネットデイズ』を読む(ネタバレ!)

夫からまわってきた『マリオネットデイズ』(ポプラ社)を読んだ。登校拒否をきっかけに母親から自立する少女を描いたYA作品である。

一人っ子の秋音にはどういうわけか小学校入学以前の記憶も写真もない。家庭では過去のことを話題にするのは憚られる雰囲気がある。中学3年に進級する年の春休み、秋音は父親所有の本から5歳の自分が写っている写真を見つける。写真には「鏡子様/秋音 五歳、悠司 六歳/美里」とあった。それ以来、彼女の夢には「弟」が出てくるようになる。

新学年が始まったとたん秋音は教室に行けなくなり、ほとんどの時間を保健室で過ごすようになる。ところが、保健室登校が母親の知るところとなり、今度は母親の方が心痛で入院してしまう。責任を感じた秋音は、5月の連休明けに何とか教室で授業を受けようと決意する。同じように保健室登校している美由紀に母の病気のことを話すと、彼女は秋音の母親のことを「自分以外の人が病気になるのが許せないタイプ。娘を学校に行かせるためには、胃に穴だってあけちゃう」(p18)と言ってのける。ムッとする秋音だが、「(ママは悪くない。私のせいだ。わたしがしっかりしなくちゃ)」(p18)と考えると息苦しい。不登校の先輩でもある美由紀は、「どうせがんばるなら、お母さんのためじゃなくて、じぶんのためにしなよ」(p22)と励まし、二人で教室に戻ることにする。

ある日、秋音が成長した「悠司」を見かけたことから、「写真の謎」が次第に明らかになってゆく。秋音には広海という弟がいたが、幼いころ突然病気で亡くなってしまったこと、5歳の秋音は弟の死に責任を感じ(じつは、母親から責任を感じさせられ)、記憶を封印していたことがわかる。タイトル「マリオネットデイズ」が表すように、この作品は、母に操られる娘であった「マリオネット」秋音が、友人や知人に支えられながら、「親もタダノヒト」(p137)であり、母親を嫌悪する自分を認めることができるようになるまでを丁寧に描いている。

秋音の自立というテーマを支えているのは、成熟できず、ほんとうの意味で自分を見つめることのできない未熟な母の描き方である。「あんな母親、いるよね」「あんな母親だったら、まいるよね」と思わせるまでに秋音の母親は、不快なほどリアリティがある。「あとがき」を読むと、作者は、不登校の子どもの母親だったらしい。その体験が作品に大いに活きていると実感するのは、秋音の母親をはじめとする「母たち」の描写が、鋭く、悲しいまでに説得力があるからだ。物語の最後に、さわやかに成長を見せる秋音と比べると、秋音の母の非可塑性には、現実と肉薄していて、とても悲しい。

物語としては、嫌でも現実を意識させられるわけだから「楽しんだ」とはいえないが、面白い作品ではあった。デビュー作とは思えないほど達者な物語作りであるが、反面、その作りや物語のディヴァイスに図式的なものを感じてしまった。つまり、うまくできすぎているのである。

この作品を読んで、「救われた」という思いを持つ子どもがいたら嬉しいし、「あとがき」にあるように、とくに思春期の子どもを持つ、父親、母親にも読んで欲しい。しかし、つくづく思うが、どうしてこんなに生きにくくなってしまったのだろう。
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