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『イスカンダルと伝説の庭園』を読む

『イスカンダルと伝説の庭園』(ジョアン・マヌエル・ジズベルト作/宇野和美訳/徳間書店)を読んだ。作者への予備知識もなく、スペインの現代児童文学についてもまったく知らない私が、この作品を手にとったきっかけは、『ベラスケスの十字の謎』を読んだことにはじまる。『ベラスケス…』は、ブログでも触れたとおり、おもしろい作品であったが、なんといっても訳者の宇野和美さんの日本語が印象に残ったので、この人の日本語を読みたいと思っていたのである。翻訳物で日本語に魅了されることなどめったにないので、こんな風な本の選択には我ながらびっくりだ。そして、この作品も期待に違わず、端正な日本語で作品世界が展開された。

未来永劫にわたって世界一美しくあり続ける庭園をつくりたいと考えた王アルイクシールと、またとない機会を前にすべての力を注ごうとする、並はずれた才を持つ建築師イスカンダル。自らの栄誉のためには手段を選ばない王の仕打ちを、建築師はどうくつがえしてゆくのか。(訳者あとがきより)

当代一という建築師にアルイクシール王は、「ほかに並ぶもののない」「五感すべてに喜びを与える」最上の庭園をつくってくれと依頼する。その王の期待に応えるため、イスカンダルは全身全霊をこめて、庭園づくりに没頭する。そこへ、盲の占い師ソスが訪れ、イスカンダルに「その日が来たら、アルイクシールから身を守れ。おまえの中の一番大事なものを守りぬくのじゃ。では、たっしゃでな」(p36)という謎めいた言葉を残して立ち去る。

為政者の欲望と創造者の本能がせめぎ合う。アルイクシールは、庭園が完成した暁には、イスカンダルに一生困らないほどの褒美を取らすと公言しているが、それは確かなことだろうか? 勘のいい人ならば、このあたりで、すでに物語の「おち」が見えてしまうかもしれない。しかし、作者はさわやかにそれを裏切る。また、イスカンダルの偉業を伝える重要な役割に詩人(語り部)を配したのもさすがと思わせる。

物語そのものは、わかりやすく読みやすい。あるいは、これだけの材料を揃えているのに、たった180ページしかないという点に不満を感じないわけではない。もっと書きこんで、読ませることができるのにとも思う。しかし、濃厚なイスラムの香りのする庭園や建物のめくるめく描写は美しく、心ははるか11世紀のアラビアに飛ぶ。

本のカヴァーには「ファンタジー」とあるが、そのカテゴライズにも疑問を感じる。確かに、フィクションでしかも「いまここ」とも「かつてあったどこか」ともつながりはないようだ。歴史物語でもないし。うーーん。現代ファンタジーにしては短いからそう思うのか? 『千夜一夜物語』につながるような「物語世界」である。

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