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2006.11/20 [Mon]
『ファンタジーのDNA』を読む
夜中に目が覚めてしまったので、荻原規子『ファンタジーのDNA』(理論社)を読みはじめたら、おもしろくて一気に読んでしまった。金原瑞人氏が「朝カル」の講座で、荻原規子、小野不由美、上橋菜穂子を「ファンタジー三羽ガラス」と称していたが、その一人である荻原規子のエッセイである。理論社のウェブ・マガジンに掲載されたものを中心にまとめたものであるらしい。
作家の側から「ファンタジーを書く」とはどのようなことなのかについて述べている部分ももちろん興味深いが、ファンタジー作家、荻原規子をつくった読書生活について書かれている部分もおもしろい。
とくに長年にわたって読み重ねてきた「ナルニア国物語」について、同じ作品を読み返すことの経験を語った「重さと長さ」「ナルニア螺旋」はいろいろ示唆されることがあった。「子細な部分でぜったい手を抜かない書き方がしてある」(p226)例に、ルーシーがタムナスさんの所でご馳走になるお茶の描写をあげていたのには、まさにその通りと、大きくうなずいた。つまり、「要所要所で力を入れた細部の描写が、子どもなら詳しく知りたいと思う部分と重なっている」(p227)ということだ。このような描写が、作品にリアリティを持たせているのだ。子細に語ることと、ときに、誇張表現を使ってユーモアを醸しだすのは、子どもの文学の文体の大きな特徴と考えてもよいだろう。「詳しく知りたい」というより、子どもとしては「詳しく書いてくれてありがとう」という感じではないだろうか。つまり、詳しく書いてあるために、読みたかったことに気がつくのだ。
ルーシーが街灯の所でタムナスさんに別れを告げて、衣装ダンスに戻ってくるまでの描写も私のお気に入りだ。雪を踏みしめていた感触がいつの間にか、床を踏んでいる描写や、気がつくと、肌に触っているのは木の枝ではなく毛皮のコートだったという描写は「すごい」と思う。
作家の側から「ファンタジーを書く」とはどのようなことなのかについて述べている部分ももちろん興味深いが、ファンタジー作家、荻原規子をつくった読書生活について書かれている部分もおもしろい。
とくに長年にわたって読み重ねてきた「ナルニア国物語」について、同じ作品を読み返すことの経験を語った「重さと長さ」「ナルニア螺旋」はいろいろ示唆されることがあった。「子細な部分でぜったい手を抜かない書き方がしてある」(p226)例に、ルーシーがタムナスさんの所でご馳走になるお茶の描写をあげていたのには、まさにその通りと、大きくうなずいた。つまり、「要所要所で力を入れた細部の描写が、子どもなら詳しく知りたいと思う部分と重なっている」(p227)ということだ。このような描写が、作品にリアリティを持たせているのだ。子細に語ることと、ときに、誇張表現を使ってユーモアを醸しだすのは、子どもの文学の文体の大きな特徴と考えてもよいだろう。「詳しく知りたい」というより、子どもとしては「詳しく書いてくれてありがとう」という感じではないだろうか。つまり、詳しく書いてあるために、読みたかったことに気がつくのだ。
ルーシーが街灯の所でタムナスさんに別れを告げて、衣装ダンスに戻ってくるまでの描写も私のお気に入りだ。雪を踏みしめていた感触がいつの間にか、床を踏んでいる描写や、気がつくと、肌に触っているのは木の枝ではなく毛皮のコートだったという描写は「すごい」と思う。
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