わしこの読書日記

子どもの本や絵本について研究しているわしこの読書日記と身辺雑記。

『くまのオルソン』を子どもと読む

先週、山形県鶴岡市のC小学校の研究授業に出かけてきた。いままでは「おまけ状態」でくっついていき、授業は、のんびり見学させていただいていたのだが、今回は「研究授業」で子どもたちにコメントをという要請を受けた。それ以外にも、2年生、4年生のクラスで、語りや絵本をわかちあう機会も頂いた。日常的に子どもたちに接する機会がないので、C小学校でのこのような経験は、たいへん貴重で、今回もまた新しい発見があった。

7月7日の日記に、学生と『くまのオルソン』(ラスカル文/マリオ・ラモ絵/堀内紅子訳/徳間書店)を読んだ経験を書いたが、鶴岡の子どもたち(小学校1年生、2年生)の『くまのオルソン』の結末についての受けとめ方には、大きな示唆を受けた。

『くまのオルソン』は,「オープン・エンディング」を持つ作品である。ぬいぐるみのこぐまが、「いきたくまのこ」になるのを祈って、大グマのラスカルがともに過ごした9ヶ月。その最後の日、ラスカルが「いきたくまのこ」にならなかったこぐまをそっと樫の木の根元に戻し、冬ごもりのために洞穴に入ってゆこうとしたその瞬間、小さな声が「ねえ、ちょっとまってよ、オルソン」と呼ぶ。

私たちは、この瞬間に何が起きたかを察し、そして、これから何が起きるだろうかを思いめぐらせ、安心して物語を終えることができる。しかし、私が絵本をわかちあったちいさな人たちは、ここで終わると怪訝そうな顔して、「えっ、もう終わり?」「続きはないの」と不満げな顔を向けたのである。

ちょっとびっくりした私は、「続きはみんなで考えてね」といったのだが、子どもたちからは不安な表情が消えなかった。そこで、「オルソンとこぐまは、ずっとしあわせにくらしました」と急いで付け加え、物語を終えたのである。

このエピソードは、私たちは、豊富な物語体験のなかから、あるいは、おとなの知恵で、オルソンの物語を自分なりにハッピーエンドで終わらせることができるということ、けれども、物語体験の少ない子どもたちには、きちんとした「幸福な結末」を伝えなくてはいけないということを示唆していると思う。

子どもたちは、数多くのハッピーエンディングを経験しなくては、ハッピーエンディングを確信できないこと、また、ハッピーエンディングは、文字通り「幸福な結末」であって、幸福な結末がなければ、子どもたちにとっての物語体験ではない、ということではないだろうか。さらに、子どもたちが幸福な結末を物語で体験することにより、自分の人生を自ら進んで歩いてゆく力を獲得できるのだろうということも感じさせるエピソードであった。

また、「と、そのとき、『ねえ、ちょっとまってよ、オルソン』こぐまがちいさなこえでオルソンをよんだ」と終わる結末は、日本語のもので、英語版は"He had scarcely taken three steps inside his door when a little voice called out to him. It wouldn't be a lonely winter after all!"となっており、微妙な違いが見つけられる。しかし、オリジナルはフランス語である。原書の結末は、どのように書かれているのだろう。気になる。

*Comment

うーむ。 

このエントリを読んで、少し残念に思いました。
どうして子どもたちに考える時間を与えてあげなかったのかな、と思って。
絵本を読んでいて「わからない」と言われた場合、わたしはもう一度読みます。
それは通しで読むこともあれば、最後の部分だけのこともありますが。
読み手があわてて結論を出さなくても、子どもたちはちゃんと理解してくれますよ。
こういう場合、C小学校ではどのようにされているのか気になりますが、幸福な結末を与えてしまうよりも、子どもたちに考えてもらって「幸せに暮らしているといいな」という気持ちになってもらった方がよかったのではないでしょうか。
「続きはみんなで考えてね」と突き放すのではなくて、こちら(読み手)が「いっしょに考えてみようか」という姿勢を見せた方がよかったと思うのですけれども。
こういうところからも「幸福な結末」を得るのはやはり家庭で、親密な人間関係の中からのほうが子どもたちにとっては必要なことなのだなと思いました。
そうすれば集団で聞いていても、不安にならずに想像できるようになるのではないかしら。
というのは素人考えで、教師という立場のかたからは一笑に付されてしまうかもしれませんね。でも気になりました。
  • posted by ヤヤー 
  • URL 
  • 2006.10/15 16:23分 
  • [Edit]

 

ヤヤーさん:コメントありがとうございます。私が「結末」を用意してしまったのは、まさに私が子どもたちの反応にうろたえたのであり、未熟なためだったのです。そうですね、もう少し待って見ても良かったのかもしれません。また、子どもたちを前にして読んだ『くまのオルソン』の日本語は、学生を前にしたときに読んだ感覚とは違って、「突きはなしている」ように感じられました。これも、想定外で、びっくりしました。おっしゃるとおり「幸福な結末」を家庭で充分味わって欲しいとも思います。

ヤヤーさんは、どうもC小学校の実践に懐疑的でいらっしゃるようですが、私の実践がC小学校のやり方ではありませんので、念のため、お伝えしておきます。C小学校は、校長が新しくなっても方針が変わることなく、というより、さらに進化しているといえます。現在では、学校研究としても図書館活用教育を位置づけ、展開させています。また、司書教諭のTTも週15〜17時間あるそうです。もちろんすべて理想的に活動が進んでいるわけではないでしょうが、お近くの方こそ、活動を継続的にご覧になれるチャンスがあるわけですから、一度訪問なされば、その内容が良くおわかりかと思います。

私のような「素人」が、C小学校で受け入れてもらえている状況だけを考えても、学校の姿勢がうかがえないでしょうか。「研究授業」参加者は、「事後研究会」にも参加し、自由な発言の場所もあります。また、教員同士の丁々発止のやりとりをうかがうこともできます。
  • posted by わしこ 
  • URL 
  • 2006.10/18 07:11分 
  • [Edit]

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