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『まるごとおいしい幸福のつくりかた』を読む

村中李衣さんの新しいエッセイ集『まるごとおいしい幸福のつくりかた』(クレヨンハウス)を読んだ。『月刊クーヨン』に連載されていたものをまとめたものだそう。雑誌連載中も、ときどき品川のくまざわ書店で立ち読みしたものだが、こうしてまとまってみると、李衣さんの日常生活に向けるまなざしの「軸」がよく見えてくる。

日常の「気づき」を大事にして、そこに鋭いまなざしを向け、意味を見つけ、自分やまわりを問い直そうという行為は、はたで思うほど楽ではないことがわかる。「他」に向けるまなざしで、自分が試されることだってあるからだ。おサル先生との「乱」のことをくちくち語る「けんかの気持ち」にはそれがよく出ている。

「わたしは言い分のちがいだけで彼[おサル先生]と衝突したが、その言い分を抱える彼の魂の哀しみを思いやることに欠けていた」と至るまでには、きっときっと悩んで、考えて、腹立てて、泣いて、考えてというプロセスがあったのだろう。でも、そこをくぐり抜けたから「子どもはけんかして大きくなるのに、大人はけんかして、ちぢこまるんじゃつまんない」っていえるのだ。しょっちゅういろいろぶつかっている私には、人ごととは思えないのだが、私はといえば、あいかわらずめそめそしているのが情けない。

こういうおかあさんとつきあう「まさこ」ちゃんが、「かあさん、いつだって、充分、ストレートやん。ああ、またやってるなと思ってた」と、かあさんとある子どもとのニュージーランドでのバトルを冷静に観察してたのも、ゴメンだけど、おもしろい。

こんなふうな李衣さんだからこそ、彼女めがけて物語がどっと押しよせてくるのだ思わせるほどに、おもしろい物語やゆたかな物語がそこここにキラキラ光っている。それはもう、エッセイで書いてしまっていいの、と聞きたくなるほどに物語の種がころころしているのだ。

柏もち屋の頑固じいさんとのエピソード。下関の魚市場の魚たちの秘密。強面のおとうさんに「おとなしくするか」とすごまれても「おとなしくしない」とつっぱねる男の子。などなど。

昨晩から読みはじめて、2回も読んでしまった。それは、読んだあとに、ポッと心に火が灯されたように、ささやかな幸福を感じるからだ。ありがとう、李衣さん。

ところで、一つ一つのお話の最後につけられた幸福のレシピは、すべて「まるごとおいしい」とは言わせないぞ! これだけは「ゆずれんこん」だ。とくに「パイカリ」と「リンカリ」。想像するだけで「やめてっ!」です。

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ありがとうがらし

一編ずつを書いたときの気持ちを読者がこんなふうにたぐりよせてくれるなんて。書くということは放出するだけではないんだね。たとえ、エッセイでも。
ぱいかりは、やめられないおいしさです。

どういたしましてんぷらそば

「ぱいかり」はやめられない? 私は酢豚に「パイナップル」も許せないの。食べたことないけど。これは明らかに食わず嫌いです。しかし、私の「スペアリブ」は、パイナップルジュースで煮込みます。これが絶品なんだなぁ。

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