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人形物語を読む

このところずっと人形物語を読んでいる(再読もあり)。読みながら、私はずっと自分に「なぜ人形物語に魅力を感じるのか?」「なぜ人形に魅かれるのか?」と問いかけていた。これは、まさに人形が「ヒトガタ」であり、私はどうやらその人形が「魂をもつこと」を望み、信じているのではないかと考えるようになった。

『アナベル・ドールの冒険』(アン・マーティン ローラ・ゴドウィン/偕成社)もおもしろかった。100年前つくられた人形の家に住む、陶製の人形の一家の物語。人形や人形の家の所有者は成長し、代替わりしてゆくが、人形たちは生まれたときそのままである。アナベルは、ある時、45年前(!)行方不明になったサラおばさんの消息が気になり、探し出そうと決意する。おりしもそのころ、新しい人形の家がプレゼントとして持ちこまれ、アナベル一家には「お隣さん」ができることになった。新しい人形たちは、新しい時代に作られたせいか、その素材や家の家具調度やら何もかもがアナベルたちとは違っている。アナベルと友だちになるティファニーの一家はなんとプラスティックの大量生産からなる人形なのだ。したがって、彼らが魂を獲得する秘技のような方法も、大量生産的で神秘性も薄れている。

アナベルとティファニーが二人で出かけるサラおばさん探索が物語の後半部分の山になってくるのであるが、サラおばさんを含めアナベルもティファニーもアリエッティの正統な継嗣であることが確認できる。すると、小人と人形はどうこがどう同じで、どう違うのかしら、、、。

作品を読み進めるうちに、人形や無生物が魂をもつことにいかに作家が興味を持っているかがわかり、興味をそそられた。ここをもう少し考えてみよう。

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