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バーズオール 第三作目

the Penderwick

バーズオールの三作目ようやく読了。仕事が始まり、なかなかに進まなかった。
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バーズオール、続編を読む

バーズオール『夏の魔法』の続編 The Penderwicks on Gardam Street を読んだ。『夏の魔法』で紹介された一家のその後の物語である。四人姉妹の日常やガーダム通りの近隣の人たちとの生活が、子どもの視点から語られてゆく。父親の再婚問題を中心のプロットとして、とくに長女のロザリンドが驚き、戸惑い、ほかの姉妹を巻きこみながら、父の再婚相手を見つけることで、問題を解決してゆくさまが語られる。

そう、「解決」という表現がふさわしい。前回も指摘したが、この作品は「童話的」なのである。つまり、子どもの葛藤が提示されたとしても、深く心に分け入るような書き方はされていない。目指すは、ハッピー・エンディングなので、物語は、予定調和的にしかるべきところにソフト・ランディングする。それが心地よい。

例えば、ロザリンドを中心に「パパとイアンサくっつけ作戦」を展開する後半部分などは、当然のことながら、すべて子どもの視線、子どもの立場からの書き方がされているので、リアリティに欠ける(おとなの事情もあるだろうに、すべて子どもたちに都合よく事が進む)。あるいは、イアンサのコンピュータを盗み出そうとした男を捕まえた後のやりとりなどは、あまりにも牧歌的といわざるを得ない。こういった場面を疑問なく楽しめるのは、だれだろう?

その点を考慮に入れると、日本語訳の装丁は、おしゃれでおとなしい。YAをターゲットにしているのだろうが、作品の書き方、表現方法から考えると、さらに下の世代を取りこむ本作りを考えた方がよいかもしれない。小学校4年生ぐらいの子どもが楽しめそうなテクストであり、問題の扱い方である。あるいは、21世紀にこういう書き方ができるのかという驚きもある。

とはいえ、今回もテクストは、インターテクスチュアルで様々なテクストが複層していて、興味深い。

パエリア

パエリア

ドバイ(ロシア出張でのトランジットで滞在)土産のサフランをたっぷり使ってパエリアを作った。レモン塩の味つけが効いて、美味。前菜はゴルゴンゾーラと生ハム。ワインはニュージーランドの Overstone 。具に覆われてしまって美しい色が見えなくて残念。

『夏の魔法』を読む

ジーン・バーズオール『夏の魔法:ペンダーウィックの四姉妹』(代田亜香子訳/小峰書店)を読んだ。四人姉妹といえば『若草物語』が一番に思い浮かぶが、この『夏の魔法』は、なかなか見事に『若草物語』を下敷きにしている。

ペンダーウィック一家(父と四人姉妹)が大邸宅(アランデル屋敷)のコッテージを一夏借りることになった。その屋敷には、孤独な少年が、母と暮らしていた。その少年と四人の姉妹の関係の構築がストーリーを構成している。四人の少女の書きわけも、うまいと思う。マーチ一家のお隣のローリー少年は、頑固な祖父と暮らしていたが、お屋敷に暮らす孤独な少年ジェフリーは、「めちゃくちゃお高くとまった」母親と暮らしている。この少年と母親との関係が作品の重要なプロットになっている。

『若草物語』がアメリカ市民戦争を時代背景にもち、ハリスの<ヒルクレスト・シリーズ>が第一大戦下のヨーロッパ(特にイギリス)を舞台にしていたことが大きく意味を持ってたことを考えると、この作品では、舞台設定や時代という空気が希薄だったのには違和感がある。これは私自身の思い込みなのかもしれないが、大きなお屋敷の描写や庭造りに執心するジェフリーの母親の生活(ヴィクトリア時代の上流階級の女主人を連想させる)がとても英国的で、しばしば、ここは「マサチューセッツ州だぞ」と自らに確認させたことが数回あった。小説というより童話的な雰囲気を持った作品だと感じた。

『若草物語』ではジョーと類似する、三女のジェーンが物語を通して、自分自身の物語を作っているのが、その作品の内容が物語とシンクロナイズしいるのは、最近のお約束であるかと思う。

中学生にお話

「朝読書」の時間に地域の中学校にお邪魔して、「お話」をしてきた。今年度は3回目である。昨年度は、3人体制で、時間を見つけて勉強しつつ「お話」にこだわってプログラムを組んだのだけれど、今年から大幅にメンバーが増え、そういうわけにもいかなくなってきた。「ええ?」という絵本をお読みになる方もいるが、それはそれ、コメントは差し控え、おとなしくしている。漏れ聞く限りでは、「選書」に不安があるようだ。そうだろうなと思っているが・・・。また、毎年秋と年度末に開催してきた(5回ほど)お話会も開催が危ぶまれている。行事が多く、予定に組み込まれないらしい。秋のお話会は、文化祭と連動してきたのだが、今年度は、文化祭そのものも規模が縮小されるようだ。担当の教師も代わったし、温度差も感じる。

お話は、ジョーン・エイケンの「三人の旅人」である。大御所 I先生の翻訳もあるが問題を感じないわけではないので、原文を検討して「わしこ訳」で対応している。例えば、「それからふたりはポットいっぱいのコーヒーをつくって、旅人の話を聞くためにすわりました」という表現がある。もちろん誤訳ではないが、「・・・のために~した」という表現が気にかかる。いかにも学校文法でいう「不定詞の副詞用法的訳」ではないか。時系列からいっても、「コーヒーをつくって、旅人の話を聞きました」としたい。

また、このお話はかつて小学校6年生の国語教科書に収録されていたことがある(光村図書)。古びることのないよいお話であると思うのだが、なぜいまも収録されていないのかを考えると、興味深い話題も提供してくれるのだ。じつは、このお話を日本的国語教育方法(つまり、文章を解体してしまって読む方法)で読むと、物語に説明できない破綻が生じるからだろう(と、私は推測している)。しかし、耳から聞くお話にして、その部分をさらっと語ると、おそらくは問題になはならないと思う。「昔話」だって、国語の教科書に掲載され、日本的国語教育法で分解されて、解釈されたら、訳のわからない非合理的な部分が気になるのは必至だ。

語り終えた後、教室は余韻を残して、一瞬シンと静まりかえった。子どもたちの心にお話が落ち着いた事がよくわかる瞬間であった。その後、思い出したように拍手をいただいた。朝から、幸せな気分をいただき感謝。ここの中学生はとても良く聞いてくれ、たいへん有り難い聞き手である。だからこそ選書は大切にすべきであると思うのだ。

学園祭とオフ会

e=ラーニング大学の学園祭とオフ会に参加した。午前中の学園祭行事では、司書として様々な場所で活躍している4人の卒業生の座談会がなされた。アルバイトから始めながらもキャリアアップを重ね、いまではK市の図書館長として働くSさんは、私の最初の頃の学生でもある。久しぶりのうれしい再会であった。そのほかに、地球科学を大学院で修め、サイエンス・ライブラリアンを目指して国会図書館で働く男性、M市の教育委員会に所属している学校図書館アドヴァイザー、そして、首都圏の学校図書館で司書として勤務している方が参加なさった。

話題は、おもにに二つ。いま、ようやく認知されつつある学校司書の仕事について現場からの発言が興味深かった。学校司書がまず取り組まなければならないのは、教師との連携であるということが強調された。学校図書館は公共図書館とは違って、教育機関の中に存在する図書館であるために、公共図書館での方法が有効ではないことがままあることだ。これは、このブログでも話題にした事もあるが、学校図書館は授業の支援と子どもの学習力を高めるために存在すべき機関であることを認識しなくてはならない。もちろん「読書支援」も重要な課題ではあるが、それだけではいけないということ。つまり、学校図書館は「読書支援」と「学習・教育支援」の両輪で活動しなくてはいけないのである。この理解が進んでいないことが大きな問題であると思う。横浜市でも、全公立小・中学校に学校司書を配置するというプロジェクトが進んでいるが、学校司書の意義がどこまで浸透しているか、教員たちの図書館活用教育に取り組むための意識改革が進んでいるのか、そのあたりについては未知数だと、じっさいに、ボランティア活動に従事していて実感することだ。残念なことに司書教諭(兼任、図書係と呼称されることもある)自身が、図書館を活用する教育への理解ができていないこともある。

そして、もう一つは、図書館の様々な運営形態についての問題である。最近では、指定管理者制度をはじめいくつかの運営形態が存在し、公共図書館がすべて「行政」にゆだねられている訳ではない。大切なのは運営形態ではなく、利用者により質の高いサービスを提供するために何をなすべきかを考えることが重要なのである。じっさい、公立運営と指定管理者制度で運営される図書館が共存しているところでは、指定管理者制度で運営されてる図書館の方が利用者からの評判がよいという結果が出ているところもある。利用者に阿る必要はないが(利用者様とか患者様といわれると、むしろ不快に感じるのは私だけか?)、図書館の果たすべき役割の原則にそった運営をしてほしいと思う。

オフ会の後は、恒例の中華街での夕食である。東横線が和光市や飯能市とつながって以来、最近はいついってもひどい混雑で、人が少なくゆったりしていた中華街が懐かしい。接客はいまいちと言うか、いま七つだけれど、味と値段はおすすめの★華楼もさらに接客のレベルも味(それぞれの料理の個性がなくなって、どれを食べても同じような味)も落ちていたのはがっかりであった。その後、山下公園からシーバスに乗って横浜駅に帰ってきた。シーバスからの横浜港の夜景はステキだった。大観覧車や下から見上げるインターコンチネンタルホテルにはうっとりし、圧倒された。ここで写真をと公開したいのだが、スマホの機能をもってしても実物の美しさからほど遠い写真ならば、じっさいに出かけることをおすすめする。

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