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よしなし事を…

新学期までは授業がないとはいえ、やるべき事はたくさんある。本当に一番やりたいことは本の整理であるが、どう手をつけていいのかわからない状況に来ている。「片付けられない」女ではないと思うが、一山(もしくは一袋)ごとに分類されている(詰めこまれている)本を移動すると、記憶が更新されていない限り、一冊の本を求めて右往左往するのは日常的な出来事となってしまった。

昨日はほぼ一日中、中学校のお話会の準備をしていた。今回は時間がなく、基本的に私が主導で進めさせてもらったが、それでよかったのかどうか気になる所ではある。45分のプログラムを一つのテーマでゼロから発動させるのは非常に困難であったが、とりあえず練習中のお話から、中学生に相応しかろうと思われるものをピックアップして、そこに肉づけをする形で、プログラムを発展させた。テーマは「旅」である。タイムリーなテーマではあると思うのだが、昔話は「旅立ち」から始まるお話が多く、選書、選話はかえって難しかった。絵本は、『光の旅かげの旅』(評論社)、『とき』(福音館)を使おうと考えている。

このところ、「ねむりひめ」という日本語に違和感を持っている。ホフマンの絵本や、最近では朝のテレビドラマの小道具に使われているので(荒井良二氏の絵本という設定)、より目にする機会があると思うのだが、よく考えるとこの日本語は、「姫」を修飾する形で「ねむり」がついていて、決して固有名詞ではないのだ。したがって、文法上は、「眠れる姫」もしくは「眠る姫」となるべきだと思うのだが、この「ねむりひめ」があまりにも人口に膾炙してしまったいるので、いままで気づかなかった。

バレエ関係者が使う『眠れる』(バレエ『眠れる森の美女』もしくは『スリーピング・ビューティ』の略)に強烈な違和感を持っていたが、違和感を持っているこちらの方がおかしいということになる。しかし、彼らの『ロメジュリ』は気になる。やっぱ、『ロミジュリ』だろう?(参照は『テレプシコーラ』全15巻)それとも、『ロメジュリ』はバレエ作品の表記で、『ロミジュリ』は書籍って事?

ネットのニュースで、映画『テルマエロマエ』の原作料が百万円であることを知り、びっくりした。安すぎる。あみだくじのように導かれて、その後知った情報は、『海猿』の原作者とCXがもめているらしいという話だった。CXについては、私もびっくりするような話を当事者から聞いた。

現在放映中の医療現場を舞台にしたテレビドラマは、ある医大が医事監修をしているのであるが、それについては監修料は0ということらしい。したがって、撮影現場には、休日にあたっているドクターやナースがボランティアで出かけているそうだ。もちろん送迎車もなく車は自前で、朝の7時から夜は11時まで拘束されたそうだ(さすがに駐車料金は只)。撮影中は控え室に入ることもできず、ずっと現場に張り付き、俳(女)優を刺激してはいけないからといって、おしゃべりはもちろん、あいまを見ての読書も許されなかったらしい。唯一解放されたのは、食事時間だけであったということだ。

医療現場を舞台にしたドラマがすべてこんなような状況だったら、協力をする医療機関など早晩なくなるに違いないと思わせるようなエピソードである。過酷な状況にある病院のドクターやナースの休日を奪うなんて(偶さかであるとはいえ)失礼なことであると感じた。
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フープロ効果

フード・プロセサーが活躍するのはレバー・ペースト作りだけではなかった。このところ「豆腐のみぞれ煮」を2回ほど作ったが、フープロがなければ大根一本をすり下ろす料理など、はなから考えなかっただろう。火が通って甘くなった大根おろしをたっぷり食べられるのが、美味しくてうれしい。

昨日は、大量の生姜をすり下ろし、思いつくままにオイルや塩などを入れて、調味料として使える「生姜おろし」を使った。薬味にもいける。醤油と味醂でといて、豚肉を漬け込めば生姜焼きの素にもなりそうである。そうだ、醤油糀でとくという手もあるなぁ。

食べられない!

チョコレート


ひさびさにいただきました チョコレート! しかも薔薇です 食べられません! でも、このチョコを狙っている人がいます。ちゃんと用意してあるというのに、食べたがりました。

『等伯』読みました。

中学生のための絵本

昨日は一日中、中学生の「読みきかせ」にふさわしい絵本のブックリストを作っていた。中学生のための「読みきかせ」は基本的に「朗読」「語り」にしたいと考えているのだが、最近では、かなり長い絵本も出版されていて、小学校高学年か中学生でないと読んでもらえないようなものも多く、そのようなものを中心に選んだ。

とりあえず和書を30数冊、洋書を10冊程度リストアップしたが、和書、洋書とも倍ぐらいまでにはもってゆきたい。学校で与えられた時間は10分なので、長い物語などは「概要紹介」「朗読」という手順を踏んでの「読みきかせ」ということになるだろう。また、短い「ブックトーク」も必要だ。そうなると、将来的には、こちらの技、つまり技術的な技ばかりでなく、それ以外のスキル習得も視野に入れなくてはならないだろう。

子どもが大きくなるとママたちは、仕事(パート)を探しはじめる。中学生の読みきかせボランティアをするよりも、これから膨大にかかる教育費の一部でも稼ぎたいという気持ちは理解できる。また、主たる家事の従事者が、自分のボランティアのスキルアップためにお金を使うことはまずしないだろう。現在の状況を考えると、なかなかにたいへんなことであると感じている。

味噌の仕込み

恒例の味噌の仕込みをした。今年は2軒分(8㎏)。午後から、泡を飲みながら、おしゃべりしながら(豆をつぶしてくれたのは相方のYさん)楽しく仕込んだ。

豆をつぶしてくれているYさんを尻目に、私は、「タラモサラダ」「グレープフルーツと春菊のサラダ」「もも肉の味噌ロースト」「豚肉自家製ソース炒め」「トマトと豆のスープ」などのおつまみ作りにいそしんだ。

終わった!

昨日でようやく今年度の最終授業がおわった。なんだか肩が軽くなった感じ。最終授業のテーマは「私たちにはなぜ物語が必要なのか?」というものである。物語とは何か? 物語は何を伝えるのか? 物語の意味とは? などという疑問を基底にして、その疑問に深くわけいるところから、我々の役割を考えたいと思ったからだ。もちろん、私にだって確たる答があるわけではなく、さまざまな人の意見に耳を傾け、著作を読みながら、いま考えていることをまとめた。受講生の思索のきっかけになってくれることを願って授業を終えた。

ひこ・田中さんは『ふしぎなふしぎな子どもの物語』で「物語が届けられるならどんなメディアでもかまわないと私は思います。他のメディア[テレビ、ゲーム、ビデオ、アニメなど]が非難されたために子どもが物語嫌いになることの方を私は怖れます」と仰っていたが、子どもは本質的に、いや人間は本質的に物語に支えられて生きているから、「物語嫌い」になることはないと思う。それよりも私が危惧しているのは、現代の子どもたちは物語を受けとめる訓練ができていないのではないかとの「怖れ」だ。あるいは「物語を受けとめる心や身体や頭が育っていない」状況である。

「物語とは」というテーマについては引きつづき考えていきたい。私はまた、「物語を手わたす側のおとなが物語の基本について学んでいない」という事実とそれに対する危機感をもっている。

昨日、母親と小学校高学年ぐらいの男の子が二人で山のような荷物をゴミ収集所に運んでいた。ちらりと目にした中身は、「★年生のドリル」というような参考書類の山であった。中学受験が終わったんでしょうね。こういう子どもたちは存分に物語を生きて暮らしているのだろうか。

<覚え書き:物語を考えるために使った絵本・お話>
『えをかく』/『ヤクーバとライオン①勇気』/「三人の旅人」

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