スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

味噌の仕込み

1年ぶりに味噌の仕込みをした。一人約10㎏分、二人でほぼ21㎏強の味噌を仕込んだ。大きな圧力釜(4.5)の調子が悪く(おそらく構造的に欠陥があると思われる)、途中、大豆のかすが詰まって大きな噴出が2回あった。慣れていないとこれには驚く。そんなわけで、3Lサイズの圧力釜二台で、大豆を茹でなければならなかったため、ずいぶん時間がかかってしまった。

しかし、朝炊いたご飯が入っていたので先発では使われずに、リリーフで登板した「ワンダーシェフ」製の3L釜がとてもよい仕事をしてくれた。圧力釜は個体差が激しく、同じ会社製のものでも、圧力のかかり具合が微妙に違うので、癖をのみこむまでが結構たいへんである。例の暴れん坊の4.5Lは、炊飯ではよい仕事をしてくれたらしい。

「読み聞かせボランティア」を終了し、9時半頃から始まった作業は、6時半に終了した。途中、大豆をつぶす作業、塩切り糀をつくる作業、味噌玉をつくる作業に韓国のりこちゃんをはじめのりこちゃんのきょうだいの力強いお手伝いをいただいた。

一昨年仕込んだ味噌は、冷夏のため発酵が思うように進まず、出来としては今ひとつであったが、一年をすぎてようやく味噌らしくなり、最近ではいかにもひなびた「田舎味噌」という風味を醸している。お味見希望の方は、どうぞ連絡ください。

ところで、ここ2年ほど「読み聞かせ」の回数が最初の頃より大幅に減ってきている、通常、月に1回、へたしたら一月半ほどあくことがある。これでは、テンションが上がらない。日常から「読み聞かせボランティア」であるという意識が希薄になり、新しいことに挑戦の気迫も萎えてしまう。
スポンサーサイト

「エパミナンダス」には

「エパミナンダス」は、「おいしいおかゆ」と並んでストーリーテリング初心者が、まず最初に取り組む作品の定番中の定番といえるかもしれない。何しろ東京子ども図書館発行の「おはなしのろうそく」シリーズの第一巻の一番目に収録されている作品でもある。本のタイトルも『エパミナンダス』だ。

このお話を一番最初に聞いたのはもうずっと昔のことである。ことによったらまだ学生の頃だったかもしれない。小澤先生の主宰する「昔話大学」のお話の講師として活動している(いた? 本業で偉くなってしまったらしいし…)M・N女史が、H市で「ストーリーテリングの会」を立ちあげたときにお手本として語って下さったのだと思う。あるいは、別の機会であったか、いずれにせよ、M女史からはじめて聞いたお話である。しかし、M女史には申し訳ないが、その時私は、これをおもしろいと感じる事もなく、自分の心の持っていきどころがなかったように記憶している。あの時はこのお話を「おもしろいお話」「よいお話」と思わなければ、自分にはこの場にいる資格がないのだろうかとすら感じてしまった。以来、この「エパミナンダス」にはずっと違和感を持っていたし、私にとっての鬼門の作品であった。

ところが、今年度は「異文化表象」をテーマにした授業で、このお話を語る機会を2回持った。自らが作品を語ることで、違和感はますますつのり大きくなった。授業での眼目は、絵本化された「エパミナンダス」に伺える、明らかな黒人蔑視の視線を確認することで、そこから出発して「異文化表象」につなげることにあった。

「語る行為」のなかで、私は、自分の立ち位置がきまらず、つねに不安に駆られながらどっちつかずのまま語り終えた。結末も楽しいものではなかった。つまり、母に言われたことを無批判になぞるだけのエパミナンダスにも同化できず、かといって、そんな子を「あたまががないねぇ」と言う母親にも心をよせることができなかったからだ。テクストは簡潔で昔話の描写のようにすっきりしているて構造も単純なため、かえって語り手がエパミナンダスからもおかあさんからも距離をとって語ることが難しいのかもしれない。結局、後味の悪さだけが印象に残る作品となった。しかし、この作品が語り初心者の定番となっているのは、簡潔なテキストと解りやすい構造のためであろう。

子どもたちはどう感じるだろう? バカ正直に母に言われたとおりの行動を取るエパミナンダスの失敗を予測して、「エパミナンダスはバカだなぁ。」と半ば同情的に彼の失敗を受けとめるのだろうか? 同じような作品に『くんちゃんのはたけしごと』という絵本があるが、この作品にも私は抵抗感をもっている。イノセント(無垢で無知)な子どもをいたぶっているとしか思えないのである。

「エパミナンダス」とは珍しい名前だと思っていたら、どうやら、実在した人物らしいということが解った。古代ギリシアに生きた軍人で新しい戦術をもってスパルタ軍を破った功績を持つらしい。こちらはEpameinondas と綴り、スペリングに若干の違いがあるが、作者のサラ・コーンにこの軍人のことが頭にあったとしたら、わざわざ高名で珍しい名前を持ってきて茶化す意図があったのだとも推測できる。

しかし、絵本といい物語の内容といいこの作品はもっと議論されてしかるべきだと思うが。 

『The Remains of the Day』

新学期の教材選び(外国語専攻学生の講読)のついでに、ペンギン・リーダース(3000語レベル)に入っている、The Remains of the Dayを読んだ。明け方3時に目が覚めてしまって、「ちょっと」のつもりがやめられなくなってしまった。じんわりと心にしみいった。評判になったときには手に取らず、もちろん映画も見ることなく過ごしていたが、気になる作品ではあった。英語学習者用の縮刷・簡便版であったが、読みごたえもあり、しみじみと感じ入った。しかし、縮刷版では飽きたらず、とうとう原書を注文することにした。

先日から「断・捨・離」を心がけ、昨日も、ビデオテープや語学テキストを処分したばかりだというのに、円高を理由に、またマゾンのサイトに入りこみ、マウスをポチリとクリックしてしまった。ちょっと反省。

故あってマウスは左手で操作しているが、それとこれとはどうやら連動していないようだ。

さすがに大英帝国だったことだけのことはある。宗主国として属国に英語を「どう教えるべきか」のノウハウが、現代の英語教育にも受けつがれている。ペンギン・リーダーズばかりではない、オックスフォード・ブックワームも侮れないラインアップだ。

しかし、教材は決まらず。

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

プロフィール

わしこ

  • Author:わしこ
  • 無断転載ご遠慮ください。
FC2カウンター
最近の記事
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。