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味噌の仕込み

例年より少し遅くなったが、今年も味噌を仕込んだ。今年は、友人宅に出かけて2人で約20キロ分を仕込んだ。これは、いつもの倍である。圧力釜を使って大豆を茹でるのだが、持参した我が家の釜は何とか使いこなせたものの(火力が微妙に違うのである)、K宅の圧力釜は大きく(といっても圧力釜としては普通サイズ。我が家の釜が小さいのである)、扱いに苦労した。苦労したというより、「事故」ったといった方が適切だろう。

少なめにしなくてはいけないと解っていたのだが、水分量が多かったためか、シューという大きな音を出して「爆発」が起き、キッチンには大豆の皮が飛び散ったのであった。その後も、お釜さまのご機嫌はうるわしくなく、圧力釜を扱いなれていないKさんはちょっと腰がひけていた。シューシュー騒いでいるときの釜は、無機物のはずなのに、「おもり」が怒っているようで、また、飼いならしたあとの「おもり」はなぜかやさしくみえるなど、表情を感じた。

最近購入したストップ・ウオッチの「タイマー」機能を使おうと意気込んだものの、なかなか使い方が習得できず、ようやく使える状態になった時にも、25分と25時間を間違えるというまぬけぶりを発揮するなど、エピソードには事欠かない味噌造りであった。夏を経て、秋が深まる頃には「味噌開き」ができるだろう。

ところで、本場で本家本元のアカデミー賞の受賞式の映像が流れされているが、私には、○ロスエの身につけている宝飾品(ネックレス、イヤリング)が、どうしても贋物にみえて仕方がない。まさか、あんな晴れがましい席に、「イミテーション」を身につけるはずはないだろうし、自前でなくてもきっとどこかが貸してくれたことだろう。しかし、どう見ても「イミテーション」に見える○ロスエの宝石はかわいそう。
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今日の「読み聞かせ」

はじめは、3回の予定で「エルマー ライオンにあう」までを、「読み聞かせ」(この言葉は使いたくないので、グル-プ名を決めようと申し出ているのだが)の仲間と読むことにしていたのだが、結局、『エルマーのぼうけん』は、一冊全部自分たちで読みきろうということになった(実験的に1年生1クラスのみ)。その経緯については、いろいろあるのだが、こちらとしても中途半端で終わらせたくなかったことと、読み聞かせメンバーが『エルマーのぼうけん』を読み継ぐことを快く引きうけてくれたからだ。なにしろ、「特訓」つきだったからね。

「読み聞かせ」そのものが2週間あいた今日は、まず、子どもたちに「エルマークイズ」を出して物語を思い出してもらい、「エルマー ゴリラにあう」を、Oさんが読んだ。来週、「エルマー はしをかける」「エルマー りゅうをみつける」で終了となる。今日の子どもたちの反応もとてもよかったそうである。

私も1年生と『せかい1おいしいスープ』を楽しんだ。最後には「シーン」と教室が静まりかえり、子どもたちが物語に入りこんでいたのがよくわかって、深いよろこびを感じた。

ところで、教室に入っていったとき、ある男の子が「いっちゃんイチゴのタネだけたべたの、数え唄の人だ!」と声をかけてくれた。さらに彼は、「ちょっとやせたね」と言ったのである。びっくりした。家に帰って早速夫に報告すると、「女を喜ばせる言葉を心得ている。1年生でそんなだと末恐ろしい」と、とても失礼なことをのたまった。しかし、彼は、数え唄の「人」と言い、「おばさん」と言わなかったことに、あとになって気づき、私はそこに感動した。

なんとなれば、私は、結果的に私を「おばさん」と面罵することになった、某大学の女子学生に激怒したことがあったからだ(去年)。小学校1年生のほうがずっと礼儀を知っているということが解った出来事だった。

怒濤の三日間

はじまりの日曜日には、埼玉県の白岡町立図書館主催の「児童文化講座」の講師として出かけた。この図書館の講座でお話しさせていただくのは、去年に次いで2回目である。今回は、「物語の力」をテーマに、「物語を読むこと」「物語を読む力の獲得」などについてお話しした。

「絵本」から「物語」に進むためには距離があるから、その橋渡しを考えなくてはいけない。今回は、そのために、「絵本のテキスト」と「物語のテキスト」との違い、「字を読むこと」から「物語を読むこと」(物語リテラシーの獲得)へ展開するために必要なこと、考えなくてはいけないことなど、いまの私が一番関心を持っていることを話題に、かなりのスピードでお話をさせていただいた。質の高いお話ができたかどうかは疑問であるが、「熱意」は伝わっただろうと思う。全3時間(途中5分の休憩)で、最後の30分は、イメージ・トレーニングのためのワークショップも用意し、欲張りな講座になってしまった。

翌、月曜日は、鎌倉で五十嵐絹子さんの講演会が予定されており、吹雪を心配して前乗りでやってくる彼女を、講座修了後、羽田まで迎えに行くことになっていた。十分間に合うつもりでいたのだが、途中、7時羽田着は無理と判明したところで、タイミングよく彼女から電話が入り、横浜までバスに乗って来て頂くという事で折り合いがついた。

久しぶりの再会だからと、夫も一緒にベイ・シェラトンに宿泊することにしていた(夫は夫で翌日は宮崎に講演へ)。ターミナルまで出迎えて、3人で少し遅い食事に出かけた(講座に同行してくださったK子さんの夜の食事が、お姉様御夫婦とお寿司と聞いていたのが深層心理に影響したのか、われわれも寿司屋に行った)。「これぞ!」という中トロを食べて頂いて、日本海人の「マグロのどこがいいのさ。もっとおいしい魚があるわよ」意識を変革して頂けたのはよろこびである。

しかし、止めどなく繰りだされるおしゃべりが夕食の中心を占めていたことは、間違いない。最後の締めに、ホテルのバーで一杯やって、長い日曜日は終わった。これで、明日の講演終了後(午前中には少しばかり鎌倉観光をして)、横浜からバスに乗って頂ければ、「万事オーライ」と考えていたのは、雪の降らないところに住む太平洋人の浅はかであった。

講演はたくさんの人が詰めかけ、最初は緊張気味の絹子さんであったが、話が進むほどに熱を帯び、最後は聴衆を感動させていた。何を隠そう私も泣いてしまった一人である。見ると隣のK子さん(2日連続のおつき合い)も泣いている。絹子さんの「子どもは、本を読むことによって本当に豊かになるのだ」と至極まっとうでありながら、実践に裏打ちされた力強い言葉は、聴衆に元気を与えたのだと思う。

高揚感と安堵の気持ちで横須賀線に乗りこんだ私たち(3人)であったが、そこに来た一報は、「庄内便は本日全て欠航」というものであった。ありゃりゃ。キャンセルの手続きやら、翌日の手配らやなにやらでひとしきり横浜駅で時間を過ごし、結局、その夜は、「わしこホテル」にお泊まり頂く事にした。夫が留守だったので、私のベッドを絹子さんに使って頂き、私は夫のベッドで。

1日でお別れだと思っていたのが、ボーナスのような時間をもらい、いろいろ、ほんとうにいろいろお話ができて、至福の時間だった。これで、明日飛行機が飛べば…。しかし、なんと、朝イチで得た情報は、羽田発庄内行き第1便は「雪のため欠航」というものであった。これまた、ありゃりゃ。

庄内の絹子さんご主人情報では、「雪がもつもつど降っている」という(私は「もつもつど」という言葉に激しく感動!)。しかし、風は吹いていないので、除雪がはかどれば飛行機は降りられるということらしい。予約を入れていた第2便が出発するかどうかは、出発の30分前にならないと解らないという。しかも、飛行機の手配等があるらしく、なんと、庄内行き第2便は、羽田発秋田行きが出発して、その飛行機が羽田に帰ってきたものを使うという(10時40分秋田発、11時50分羽田着で、12時05分庄内行きというまるで綱渡りのようなスケジュールだ)。

10時30分にANAのhpで、秋田発羽田行きは予定通り出発という情報をチェックし、庄内行き第2便が欠航したときには陸路に変更することを確認して、車で羽田に向かった。羽田までのドライブは快適で(少なくとも私は)、絹子さんには、ベイブリッジのあたりから富士山を見て頂けた。羽田で彼女を落として、私はすぐ帰ってきた。出発情報をhpで確認する間もなく、彼女から「遅れるけれど条件付出発(天候が悪ければ、羽田に引き返すこともあり)」との連絡が入り、一安心。飛行機はほぼ30分遅れで出発したことをhpで確認し、無事到着したことも解ってようやく安心したのであった。

「どげんかせんといけん」所へ出かけた夫からの「帰る」「飛行機無事到着」メールは、眠りこけていて確認もせず、本人が家に帰ってきたところで目覚めた(夫、すまん)。やれやれ。

いやー。いろいろドラマチックなことばかりだったが、終わってみれば、ハプニングも楽しかった。講演終了後の夕食だけが、いまいちだったのが誠に残念だった。「シャル」にある、先日発見した店に行くつもりだったのだが、なんと、シャルは、年に数回(多分)かの定休日だったようだ。あきらめきれない私は、近くにいた若い女の子2人連れに、「すっごいバカなことを聞くけど、今日、シャルお休みなんだよね」と確認までしたんである。自分でも、ほんとに「おバカ」だとつくづく思った。こうして、足かけ2泊3日の幸せな時は、怒濤のように過ぎていったのである。



中華街で学生と

中華街でゼミの打ち上げコンパをした。私を入れて総勢8名。途中、レポートのご褒美に「とうがらしストラップ」(4個で1000円)を買ってあげるからと言って、いくつかのお店を物色した。

女子のグループだから(男子学生は1人)、「あの色がいい、この色がいい」「ケータイの色とあわせたい」「オレンジでは人参みたい」(唐辛子ストラップといっても、最近はいろんな色があるのだ)などなど、けっこう時間がかかる。無事、お気に入りの色をゲットした一行は、関帝廟通りを「京華楼」(四川料理。刀削麺が絶品)をめざした。春節で混んでいるかと思いきや、平日の5時前の中華街は意外に人通りが少ない。「清風楼」(池波正太郎おすすめ)でシュウマイをお土産にと思っていたのだが、残念ながら「本日休日」であった。

学生の食欲はすごい。「お腹いっぱい」といいつつ残さず平らげて、気持ちがよかった。「辛いけれどおいしい」おすすめのお店だ。

4ゼミでは、ゼミ論集を作りたいと言う話をし、学生からは作品だけでなく、英語論文も読みたいと意欲的な意見も出て、来年度が楽しみ。

小学校へ

読み聞かせボランティアに出かけている小学校へでかけた。学校図書館について、校長先生始め関連の先生方の理解を深めていただくための「プレゼン」が目的である。

大学教師として日頃感じている学生の読書力や日本語力の問題、読書の意義について軽く触れつつ、子ども時代の読書の大切さについてお話しし、小学校の図書館を整備し、子どもたちに「読書の場」を提供するために理解と尽力をお願いした。いくつか資料を持っていったが、とくに、『こうすれば子どもが育つ学校が変わる』に提示されていることを中心にお話しした。

最初は、校長先生も私も緊張していたのだが、途中、校長のテンションが「フッ」と変わり、『こうすれば…』の図書館のレイアウトにじっと見入っていることに気がついた。彼の中で、「学校図書館」がイメージされ動き始めた瞬間だった。スペースの確保など困難な問題は立ちはだかっているが、校長先生が学校図書館について何か「ひらめき」を感じてくれたことがよくわかり、その点では、今日の訪問は成功したといえる。これは、五十嵐絹子さんが朝一小に赴任したとき、「図書館を本のレストランにします」と宣言し、まず、カフェカーテンを取りつけたエピソードが効いたらしい。

誠に残念なのは、図書主任の女性教諭の姿勢である。第一声が「何をしたらいいのか、お母さんたちがいってくだされば、こちらはそれを検討してできるか、できないかお伝えします」というものであった。明らかにこちらの意図を誤解している。彼女は、学校図書館の本質的なあり方を考えるつもりはサラサラなく、実務的な点でのみ処理しようとしているようだった。また、「子どもたちは、年間平均何冊ぐらい本を読みますか?」という私の質問に対しては、「統計は取っていません」と怒ったような口調で答えるのであった。別に、学校を批判しているわけではなく、現状を把握したいための質問であったのだが、それがお気に召さなかったらしい。

いや、「何か」がお気に召さなかったというより、PTAの母親たちが何かを求めて学校にやってくることがお嫌いのようで、「イヤイヤオーラ」が出ていた。この教師は、子どもたちがどれほど本を読んでいるのかについて具体的に把握していないにも関わらず、使える学校図書館があるからこそ子どもたちは読書するのだという話になると、「子どもたちは本を読んでいます」ときっぱりおっしゃる。ほんとかなぁ。この学校は、図書資料が図書館と廊下の学年書架とに分散されていて整理が行き届かないのである。この理由についても、別の女性教諭が「本は身近にあるのがいちばんいいから」とおっしゃった。「学校図書館」っていちばん身近な図書館じゃなかったけ?

「先生方も図書館をお使いですよね」と水を向けると、「当然です、授業の準備のためには他の図書館(公共図書館)にも行ってます」とおっしゃる。ほんとかなぁ。まぁ、とにかくこちらのひと言ひと言に突っかかり、ご自分が非難されていると感じてしまわれる人らしい。困ったもんだ。「大学の先生だかなんだか知らないけれど、偉そうにやってきて(私は昨日はとくに低姿勢)、専門家だからとうるさいこといわないで頂戴。まったく。仕事がふえるわ!」てなもんだ。

最後には、夫からということで校長先生に差しあげた『こうすれば子どもが育つ学校が変わる』を是非是非読んでくださいとお願いしてきた(「一杯やりながら読んでください。元気が出ます」と言って)。読んでいただけるとうれしいのだが。

人もいないし、金も出せない(横浜市は学校図書館整備について大きな口を叩いているくせに小学校の学校司書については鐚一文も金を出す気がないそうだ)、ないないづくしであるが、希望は捨てないぞ。

「語り」を楽しんだ授業

金曜日の「子どもと読書」には、語り手であるSTさんをお招きした。昨年、E=ラーニング大学で「読み聞かせからストーリーテリングへ」講座を開催したときにワークショップの講師としておいでいただいた方である。たっぷり1時間近く語っていただいたあと、学生からの質問の時間を設けた。

ほとんどの学生にとっては、本格的な「語り」ははじめての体験だろうと思われ、そのような「語り初心者」に、日本のトップクラスの語り手であるSTさんの語りを聞いてもらえたことには、おおきな意義があったと思う。つまり、彼らの「語り」というものの原点がここに作られたわけで、「たんたんと感情をこめることなく、頭の裏に浮かんだ文字を読んでいる」どこかのだれかの語りに関しては、身体で批評できることであろうと期待したい。

「『語り手はクリエーター』という意見に世界観が変わった」、「語りは感じるものであると身をもって感じた」、「よい語りには何かがある」、「第一声を聞いたとき、全身に鳥肌がたち、一瞬にして自分が違う世界に入った感覚は忘れられない」、「全ての話が完全にSさんの頭、身体の中に入り込んでいて、Sさんの口から独自の言葉として出てきているように感じた」など学生の感想も「あつい」ものがほとんどだ。中には、「何というか…『子どもと読書』を受けていて本当によかったと思いました(笑)」という、修辞学の学習が足りないようなようなものまであった。むっ!

プログラムは以下の通り。

●なぞなぞ人形(インド)
●3びきのコブタ(イギリス)
●金の髪(フランス・コルシカ島)
●あとかくしの雪(日本・弘法大使伝説/土地言葉による語り)
●夢の女(『長谷雄草紙』より)

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