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ラウラ・ガジェゴ・ガルシア『漂白の王の伝説』を読む(ネタバレあり)

キンダ国の王子、ワリードは全ての面において申し分なく王子としての品格を備えた男であった。また、彼には「カスィーダ(長詩)」をつくる才能もあった。ところが、王子主催のカスィーダのコンクールを征したのは、ワリードではなく貧しい絨毯職人のハンマードであった。とうとうハンマードが3回目の優勝者となったとき、ワリードは、彼を古文書係に任命し、自分の監視下におき、幽閉しようと考えた。

王子の嫉妬と怒りで、ハンマードが古文書室の膨大な資料を全て整理し、さらに「人類の歴史を全て織りこんだ絨毯」ができたときまで、彼は解放されない。しかし長い時間をかけてついに、ハンマードは古文書を整理したばかりか、王子が命令した「人類の歴史すべてを織りこんだ」絨毯さえも完成させる。ところが、それはハンマードの命を奪うことにもなったのである。

この作品は、一人の人間を破滅させたワリードの贖いの旅の物語である。「漂白の王」と名乗ったワリードが、自分の運命に従い「おとしまえ」をつけるために、失われた絨毯を求めて砂漠を放浪する旅が描かれてゆく。

キンダ王国の王子ワリーダにはモデルがあり、作品には、実際に前イスラム時代の詩人たちの詩句も使われ、事実にもとづく要素とフィクションの要素がごく自然に絡みあって物語られるが、ファンタジーだという。しかし、この『漂白の王の伝説』は、私にとっての「他者」であるアラビア半島を舞台にしているせいか、ファンタジーとも思えず、物語世界全体が実在感を持って迫ってくる。

スペイン人作家のジョアン・マヌエル・ジズベルトが『イスカンダルと伝説の庭園』という作品で、やはりアラビアを舞台にした作品を書いているが、訳者の「あとがき」を読むと、「なぜ、アラビアか」というあたりの事について触れられていて興味深い。


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赤木かん子 『子どもに本を買ってあげる前に読む本』を読む

つねづね、赤木かん子の発言や行動には理解できない部分が多く、疑問を抱いてきたが、この本を読んでどうやらおぼろげながら、彼女の立ち位置というものがつかめてきたようだ。彼女は、たぶん自分自身のものも含めて「おとなの評価」というものを極力退けているのだと思う。

「自分[おとな]が読みたい本」や「自分[おとな]が読ませたい本」を読むのではなく、子どもが「喜ぶ本」を読むべきであるということ。そして、そのためのガイドブックをえんえんと彼女は書いている。「良識あるおとなが子どもに読んで欲しい本」というものへの大いなる不信を、私はかん子の著作から感じるのである。

かん子のおすすめ本は、どうやら、現代の子どもたちに「うける本」ということになりそうだ。確かに、子どもたちが変わってきており、それぞれが、よって立つ「文化プレート」にはギャップがあるから、古い本は読まれないだろうという意見には、同意できる部分はある。しかし、そんなに乱暴に言いきってしまっていいのだろうかという疑問も出てくる。また、そこからだけの発言では、大事なことを見過ごしてしまうのではないかとも思う。

彼女のスタンスでは、おとなが読んで欲しい本は、「古典」の殿堂入りとなってしまうのである(もちろん「読むな」と発言しているわけではないが)。例えば、エッツの『もりのなか』を、「でも今あれを見たがる五歳児がいたとしたら……この子は将来画家になるかも、くらいに思っていいと思うよ」と断罪する。断罪するという言葉が不適切だとしたら、「切って捨てている」。このすぐれた絵本のすぐれた部分にひと言も触れることなしに、このようにおっしゃる事は、やはり「切って捨てる」行為に思われ、私には理解できないことであった。

毎度、アマゾンのカストマー・レビューでは芸がないのであるが(むしろ、このような大衆的なサイトのレビューの方が全方位的な意見を網羅できるという利点もある)、ここではほとんどの人が、『もりのなか』を高く評価している。実際に子どもとわかちあった体験談でも、一例をのぞいては、「地味な絵本だと思ったが子どもが気に入った」というレビューばかりだ。それは当然だろう。この絵本は、幼い子どもの根源的な願望を満たしている。絵本が「絵本」を超えて、さらに深い物語を子どもたちにさしだしている作品だからだ。

赤木かん子は、意識して「作品の評価」を避けているのだろうか。子どもの本を集めてきて、その中から新しさを見いだしたり、直観的に子どもに好まれる本を見つけ出したりする才には長けている。網羅的な知識については、私など足下にも及ばないだろう。しかし、彼女の著作において作品の「読み」が追究されることはほとんどない。また、あれほど学校図書館や調べ学習について発言し、活動しているにもかかわらず、彼女から「読書論」(なぜ読書か?)を聞いたことはない(読んだことはない)。なぜ、「調べ学習」が必要なのかを問うことなしに、「調べ学習」のノウ・ハウを伝えることができるのだろうか。

1980年代後半になって、①紙おむつの登場、②おんぶの衰退、③ファミコンの登場によって基本的な子どもの育ちが大きく変化し、五感(とくに触感)の体験の欠落現象が起こり、子どもの成長に大きな問題がおきているという(山田真理子「子どもたちは警鐘を鳴らしている」)。そのような危機感の中で、「良識あるおとなたち」は、子どもを含めた私たちがいかに成熟できるか、その方法を模索している。絵本の「読み聞かせ」や「読書」に注目が集まるのは、絵本や物語が私たちの「成熟」に何らかの力を与えてくれるのではないかという期待があるからだ。

残念ながら、かん子の認識にはそのような問題意識が見られない。1998年を「ビッグバン」と名づける、経験から導きだされその直観については、「すごい」と言わざるを得ないが(1980年代後半に生まれた子どもたちが「読書年齢」に達するのが1998年だ!)、しかし、ビッグバンの結果としてあらわれた子どもや子どもの本の状況から導かれる行動や発言では、本質的な問題に迫ることができないのではないか。

数々の発言や「本の探偵」になった経緯から、かん子がずっと子どもの本(文学)に生きる力をもらってきたことが推察できる。しかし、彼女は「『エルマーのぼうけん』を暗記できるまで読み(中略)アーサー・ランサムの『スカラブ号の夏休み』のアップリケをしたベストを着て歩」いたにも関わらず、「自分が二十歳になった時に、小学生にランサムを読んで欲しいなんて、思いもしませんでした」という。

自分を育ててもらった「子どもの文学」(古典)の力を信じ、自分の子ども時代を丁寧にたどって、子どもと本に関わって欲しいものだ、と心から願う。

仮定法過去完了

英語の授業で「仮定法過去完了」が出てきた。もちろん、大学生様であるからして、高校時代の「英文法」で学習済の内容ではある。しかし、直説法とは違い、仮定法では「時制」がずれることがなかなか理解されにくいのである。

「過去(すでに起きてしまったこと)とは違うことを想定して文を作る」時には「仮定法過去完了」を使うのだと、じっくりと説明した。というわけで、仮定法過去完了を使った英作文を2つ作ってくることが宿題となった。

「うーん」と考えていた学生が、きらりと目を輝かし、「A総理が<未曾有:みぞう>を<みぞゆう>と読まなければ、あんなに人気が落ちることはなかったのに」という時に「仮定法過去完了」を使うべきなのかと聞いてきた。まさに、その通り!! 例の人は、<怪我:けが>を<かいが>とも読んだとか。一国の総理の言動がこんなふうにして揶揄されるのは、何とも情けないが、教材としてはとてもすばらしいものを提供してくれたものである。

レポート添削

数は少ないとはいえレポートの添削も忙しくなってきた。授業もしつつ、レポートも添削するのはけっこうきつい。スクーリングという受講形態のため学生数が少ないとはいっても、やはりレポートはレポートできっちり書いてもらいたいとなると、きちんとチェックを入れなければいけないからだ。

朝から「再提出」ボタンをクリックするのは、精神衛生上よくない。今朝も5時頃から、授業のパワポ資料を完成させ、その後、レポート添削を始めたのだが、「合格者」はひとりもいなかった。書式、書誌事項の表記に不備があるレポートは、たいてい内容にも不備がある。

某大学の某先生は、「君たちのレポートの内容には期待できるものなどほとんどないのだから(!)、せめて書式ぐらいはきちんと書いてくれ」とおっしゃったとか。私もそんな気持ちをぐぐっとこらえて、コメントを書く。「書名の表記に不備があります」「読み手がいることを考えて書いてください」「頭で書かないこと」「書式も内容と同じぐらい大事です」などなど。

いま、受講生が難航しているレポートのお題は「子ども時代の1冊」である。自分の子ども時代にであった大切な本について、「現在の視点」を生かして書くという課題である。だいたい不合格になるレポートは、「子ども時代の読書は大切である」と一般論に持ってくるのだ。これでは、せっかく自分の子ども時代の読書を再体験した価値がないではないか。「かつての私」と「現在の私」のギャップをどう考えるのか、「大切な1冊」は現在の私にとって、どのような意味を持っていたのか、などなど真摯に向きあえば、語ることはたくさんありそうな気がするのだが。

語りびとの詩(うた)

語りびとの詩

旅びとは
長いマントをはおり
リュートを手に
村から村へと
語り歩く

数知れぬお話を
たずさえて
町から町へと
きき手を求めて歩く

暑い夏は 星明かりの中で
寒さの冬は
赤い火の燃える暖炉の前で

老いたる知恵者には 心からの笑いを
若き求道者には 生きてゆくことの神秘とふしぎを
幼い子らには 幸福な結末と無私の愛を

旅びとの語るお話は
時に 非情で 過酷だ

しかし 彼の語るお話からは
いつも真実の響きががこぼれ落ちる

なぜなら
この語りびとは長いマントのうちに
真実をいだき、育み
旅をしているからだ

●この詩の原型は、昨年、英国語りの旅でであった、とても短く寓話のような「物語と真実」というものです。私は、このお話を、何とか自分の言葉で紡ぎたいとずっと考えていました。ようやく、ひとつのかたちにできあがりました。


バレエ「ドン・キホーテ」

東京文化会館(上野)へ、ボリショイの「ドン・キホーテ」に出かけた。ボリショイ劇場のバレエは久しぶりで、「ドンキ」を全幕観るのは初めてである。

マリーナ・アレクサンドロワのキトリがすばらしかった。三幕のフェッテでは、感動で鳥肌が立った。

物語は脇に置いて、プリマの動きに釘付けになってしまった。あんなにすばらしく踊れるのは、きっと<ポワント>に秘密があるに違いない、マリーナと同じポワントを履けば、わたしも少しはうまく踊れるかしらと思うほどの魔法にかかってしまった。

あー。

お誘い下さった、K子さん、K子さんのお姉様、ありがとうございました。

テキスト終了!

2年生の基礎演習は、サトクリフ再話による『イリアッド』を読んでいたのであるが(The Black Ships before Troy)、昨日ようやく読了した! 秋学期に入ってからは音読をやめて、担当を決めてひたすら「読み」に徹してきたからだろう。128ページと比較的短いし、アラン・リーの美しい挿絵もふんだんに入っているので、そんなにたくさんの英文を読んだわけではないだろうが、それでも、1冊あげたという達成感はいい。これが、学生の自信につながっていっててくれるとうれしい。

「書いてあるとおりに訳せ」「うしろから訳さない」「そのまま読むこと」と口を酸っぱくして注意をしてきたことが少しは効果が顕れたかしら。文法訳読式の英語教育にはそれなりの意義や効果も認められるが、高校までの彼らのほとんどは、「うしろから訳す」ことを教えられて大学に来る。うしろから訳す<チシャネコ訳(©わしこ)>では、英文を読んだり、書いたりする感覚が育たないのである。「書いてあるとおりに読めば解る」ということを解るためには時間がかかるのだ。これは、悪しき日本の英語教育の伝統である。

来週からは、やはりサトクリフ再話による『オデュセイア』(The Wanderings of Odysseus)を読む。ところで、これらのサトクリフの作品には日本語訳もあるにはあるのだが、日本語が雑で乱暴だし、時たま誤訳もある。残念。

最近のわしこ

先週末の連休は体調がすぐれず、あらゆるもの(日フィル定演、バレエ・コンサート)をキャンセルしてひたすら自宅で引きこもりの日々であった。かといって、何かまとまった読書ができたわけではない(とほほ)。ほぼ、睡眠と授業準備に時間をとられてしまった。仕事とはいえ、一週間に2回も東京に行くと「人疲れ」で週末はがっくりしてしまう(毎日通勤している人は「どないせー」って話なのだが)。

うってかわって、今週末は、金曜日授業終了以降から、予定が目白押しの終末であった。授業終了後、パシフィコ横浜で開かれている「図書館総合展」を見学。3日もつめている友人たち(元受講生)がめぼしい展示をピックアップして案内してくれた。その後、Y子さんの誕生日にかこつけて、29階の高さからの食事を楽しんだ。そこでは、今年初めてのボージョレ・ヌーボーを頂いた。

土曜日は、N市の教員、学校図書館関係者との学習会に出かけた。今年度最後ということで、午後からは「ワークショップ」をして、「声の言葉の世界」を楽しんだ。この勉強会は来年度も引きつづきということなので、来年度は「各論」として、絵本や物語を丁寧に検討したいと思っている。1回限りの講演会や学習会では、話題も限られるし、深めることがむずかしいが、このように継続的なチャンスがあると、じっくり分析、検討することができて、こちらもいろいろな面で刺激を頂き、示唆をうけるのである。ありがたい。やはり仕事で東京に出ていた夫と横浜で合流して、軽く飲んで食べて帰宅。

日曜日も朝から(9時15分開始)バレエのお稽古に出かけた。バーレッスンのあとセンターは省略してポワントレッスン。今朝は、おしりの筋肉が痛い。ほぼ3時間近くみっちり稽古して、終了は12時すぎ。帰宅して昼食の後、本を顔にかぶって読書タイムが昼寝になってしまった。

あまりまとまった読書ができないと、なんだか「おばか」になってしまうような気がして、こわい!

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