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「レバーペースト」自画自賛

すっかり忘れていたのだが、きっとどこかで自慢げに話したのだろう、去年のゼミ生が「レバーペースト」のレシピを下さいといってきた(お母さまがご所望されたらしい)。了解したものの、レシピ帳には「レバーペースト」はなかった。ということは、適当に作っているのだ。そういえば、最近作っていない事も思いだし、「レシピ」を確認しながら作ることにした。

電動のフードプロセサーをもっていないので、手動でやらなくてはいけないのがちょっときつかったが(手動1回転につき、9回転する仕組みの「ミンサー」、980円なり)、それでも、約500㌘の鶏レバーで、ジャムの瓶で2つぶんできた。なかなかの出来で、「やっぱワインでしょ!」ということで、ワインを開けた。「泡」を含めて、アレは解禁したのだが、ちょっと調子に乗って飲んでいるので、やはり、体重にきた。医者からは、早速「減量」を言い渡される。

おいしくできると、人に自慢したくなるのが悪いくせで、最近「読み聞かせ」関連で親しくなった同じ棟に住んでいるKさんにお裾分けした(件の学生に渡すつもりだったのだが、なんと、木曜日はいつもいっしょに帰るH先生が休講で、出校していなかったのである。残念!)。さらに、サトクリフ原書読書会の「ランチ」のときに、クラッカーとともにお出しした。とても褒めてくださった(が、「まずい」とはいえないだろう)。ついでに、先日いただいた「文旦」のようなミカンで作った「マーマレード」もどきもご試食いただく。こちらも意外に評判がよく(夫からは、人に差しあげられるような出来ではないといわれたし、わたしもそう思った)、すこしお持ち帰りいただくことになった。

というわけで、「レバーペースト」のレシピを心覚えに書いておく。

<絶品レバーペースト>
材料…鶏レバー(新鮮なもの)500㌘、ニンニク 1かけ(好きな人は多めに)、タマネギ大 半個、ローリエ、塩、こしょう、ワイン(赤、白)、オリーブオイル。ほかにセロリ、パセリなどお好みに。

●鶏レバーは、下処理をして、洗って水気を切り、白ワインを振りかけておく。その間に野菜をみじん切りにする。
●鍋にオイルをひき、ニンニク、タマネギをいため、透きとおってきたらレバーを入れ火を通す。途中、赤ワイン、塩、こしょう、ロリエで味をつける。塩の量は好みだが、小さじ1杯を目安にする(塩は少しきつめの方がおいしいかも)。ここで使う塩は、クレイジーソルトのようなハーブ系のものでもおいしい。また、味見を忘れずに)。
●レバーに火が通ったら(9割程度にとどめ、後は余熱で)、放置し、あら熱を取る。その後、ペースト状にする。ここでバターを混ぜて柔らかさを調節する方法もあるが、我が家ではバターを使わないので、代わりに「オリーブオイルペースト」を混ぜても可。

こんな簡単なのに、こんなにおいしくていいの? と私は作るたびに感動する。すまん。またもや自画自賛である。
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『アンのゆりかご:村岡花子の生涯』を読む

夫からまわってきた『アンのゆりかご:村岡花子の生涯』(マガジンハウス刊)を読んだ。久しぶりの楽しみの読書。学期中にやらねばならないこと(無限にある)をほうりだして、楽しみのために本を読むのはとても気がひけるが、いったん読みはじめたらやめられなくなってしまった。

『赤毛のアン』の訳者として知られる村岡花子の孫(実際は花子は大伯母にあたる)の書いた伝記であるが、明治、大正、昭和を生きたひとりの女性の伝記としても興味深く読める。今さらながらだが、戦中、戦後の言論弾圧や出版事情などの社会情勢も丁寧に書きこまれていて、感慨深かった。

彼女は、文字通り空襲警報の鳴り響く中で、『赤毛のアン』を翻訳していたのである。そのときの彼女の平和を希求する精神や子どもたちへの思いがひしひしと伝わってくる。村岡花子のその精神に思いをよせるとき、現在(いま)という時代のもつ「ゆがみ」や「なまぬるさ」を考えないわけにはいかなかった。

写真や年譜など資料も豊富なのだが、「著作・翻訳書目録」がないのがとても残念だった。まぁ、『赤毛のアン』だけでも何十種類もあるわけだから、それを整理して目録を作るだけでもたいへんな仕事だと解るが。

にわかに「アン熱」が出てきた。そういえば『赤毛のアン』は母が好きだった本だ。

「もう一回読んで!」

先日の読み聞かせは3年生のクラスに入ったのだが、いつも通り『うえきばちです』を最初にわかちあった。子どもたちの反応もよく、読み終わったとたん、「もう一回読んで!」と男の子から声がかかった。初めての経験だったので、うれしかった。「もう一回」読みたいのは山々なんだが、時間もないので、残念ながら彼の希望は叶えられなかった。

そして、次には『これはのみのぴこ』を取り出した。子どもたちののりもよく、「これはのみのぴこのすんでるねのこのごえもんのしっぽふんずけたあきらくんのまんがよんでるおかあさん」あたりがら、笑い声も聞こえ、読み手の私もとてもきもちがよかった。最後のページでは、邪道なのかもしれないが「すごく早く読むから、応援してね」といったら、数人の子どもから「がんばれ!」と声がかかった。あまりのスピードの速さに子どもたちはあっけにとられてしまったようで、「シーン」となり、「何であんな早く読めるんだろう」というつぶやきも漏れた。うーん。これは、私の「早口パフォーマンス」になってしまったかと、少々反省している次第である。

最後に『せかい一おいしいスープ』を読んだ。少しい長いだろうなとどこかで意識していたのか、読み方が早かったような気もしたが、子どもたちは最後までよくきいいてくれた。

最近は少々要領が解ってきて、時間通りにピタリとはじめるのではなく、少し早めに行って、「やすべいじじい」などみんなのそろうのを待ちながら雰囲気を盛りあげて、導入に『うえきばちです』をよんでいる。そのあと、教室の雰囲気を見ながら、必ず少し長めの「物語」を読むことにしている。そのうちに、15分ぐらいの作品を「耳から」楽しめるようになればいいなぁと考えている。

「読み聞かせボランティア」ワークショップ報告

先月に引き続き、「読み聞かせボランティアのための学習会」の講師をつとめた。今回は、「絵本読み実践」のスキルアップのための「ワークショップ」である。

ことばを声に出して読むこと、絵本の文字を読むことは、ただ「文字を音声化」することではなく、ことばの意味を理解し、物語に対する自分の解釈やイメージをこめて読むことである。これを達成するための「ワークショップ」であるが、具体的な内容やメソッドの一部は、E=ラーニング大学の「読み聞かせからストーリーテリング」講座でお世話になったSTさん、THさんのアイディアを了解を得て使わせていただいた。STさん、THさん、ありがとうございます。

Ⅰ.ウォーミングアップ
●ストレッチ(アキレス腱、腕、肩など)
●発声練習(母音の乱打、母音への変換練習)
●「やすべいじじい」

Ⅱ.イメージトレーニング
短い「詩」から連想される心象風景を言語化する。

Ⅲ.ことばのイメージをふくらます
●「島が見える」
●「あっ」

<コーヒーブレイク>

Ⅳ.宿題の発表
●『めっきらもっきらどおんどん』の絵の読みの発表

Ⅴ.ミニレクチャー
●「オノマトペ」について:『ころころころ』を表現力豊かに読むために
●『おでこにピツッ』を読む(わしこ)

Ⅵ.みんなで読みあい

残念ながら、時間が足りず、参加者すべてが読むことはできなかったが、それでも、10人ほどの受講生がみんなの前で、自分の「絵本読み」「語り」「朗読」を披露した。ワークショップで生き生きした実演を示してくれたのに、実際に絵本を読んでもらうと、「???」だったのは、もっぱら「絵本の質」「物語の質」によるものだと推測できる。つまり、問題は本人の「技」にあるのではなく、何を読むかという「選書」にある。反対に、表現力は抑制気味であるにもかかわらず、作品の登場人物の性格を読みこむことで自分の解釈を「読み」に反映できた人の「読み」は、とてもよかった。

私は、内田隣太郎の「ともだちや」シリーズには疑問を感じているのだけれど、昨日読んでもらった『ともだちや』は、読み手のキツネに対する「思い」「共感」が伝わり、原作に感じる「欺瞞」や「わざとらしさ」を払拭させてしまうような読みだった。おそらく、読み手は、キツネの深い孤独にまで到達したからだと思う。

笑いも拍手もたくさんでた「ワークショップ」であった。次回は、9月から3回にわたって「昔話」についてお話しをする。

大阪府立国際児童文学館

財政の大幅な削減を謳い文句にさまざまな改革に乗りだしている大阪府の橋下知事が、「大阪府立国際児童文学館」の廃館を決断した事を知った。当該館の事業を府立中央図書館に移転することによって運営の効率化を図り、さらに類似施設や代替施設でその事業を補完するという意図があるようだ。

しかし、国際児童文学館で行われてきたさまざまな事業が、図書館などで肩代わりさせることができるという知事の見識、判断そのものに多くの識者が疑問を投げかけているのは衆知のことである。今回の知事の決断はそのような疑問や批判に答えていないとの評価も当然ある。大阪府立国際児童文学館は、図書館ではなく、図書館的機能を有した資料館と考えるべきであり、橋下知事はこのあたりの点についてまったく理解できていないように、私にも思われる。現在収集されている資料の70%は「寄付」によって賄われているというし、もともと、児童文学館の核となった膨大な資料は個人(鳥越信氏)のものである。

国際児童文学館に大阪府の財源が年間2億円使われているというのは事実であるが、予算の半分近くの寄付や寄贈があることも忘れてはならず、いわば官民共同で運営されてきたといっても良い。また、図書館ではまったく期待できない出版社からの寄贈があるというのもその大きな特徴であろう。出版社が寄贈を行ってきたのも、自社の出版物が「児童文学(児童図書)コレクション」として整理、保存されることが期待できたからであろう。つまり、大阪府立国際児童文学館に所蔵される資料やその核をなすコレクションに関しては、大阪府のものであって大阪府のものではないともいえるだろう。

だから府民の「税金」を使いたくないという発想も生まれるのだろうが、いままでコレクションを維持してきた責任や意義についてもう一度深く考えて、再考していただきたいと心から思う。資料の収集、整理、保存は継続して行うからこそ、その資料が「生きて」、意義がある。失われてしまったものを回復することは不可能である。

そういえば、「オズボーンコレクション」で名高いトロント公共図書館にも同じような問題が起きた事を思いだした。やはり、直接住民に寄与しないコレクションをトロント市として維持すべきなのかどうかという点が問題にされて、一時は「オズボーンコレクション」存続の危機の声も聞こえてきたことがあった。幸い、「オズボーンコレクション」はほかのコレクションとともに、トロント公共図書館「リリアン・スミス分館」に保存されて、世界各国から閲覧者を受け容れている。

折しも、2010年が「国民読書年」として決議されたことを知ったが、「子ども読書年」とか「国民読書年」、また、「子ども読書推進法」や「文字・活字文化振興法」といった一見華々しいバルーンをあげるのも結構だが、「府」がたいへんならば、「国」や「市」で援助できるシステムをつくって、地味に活動してきた組織を援助していただきたいものだと思うのである。

ディズニー絵本

春学期の授業も峠を越えて、半分消化するところまでいたった。すると、もう試験(レポート)の内容を考えなくてはいけない。ゼミ、基礎演習は通年科目なので、春学期は「英米児童文学」だけとなる。一昨年までは、「いちばん読みたい絵本をいちばん読みたい人とわかちあった体験記」が春学期のレポートであった。なかなかおもしろいものが出てきていたのであるが、ここ数年、学生の文章力が落ちて、100人ものレポートを読み、評価することが苦痛になってきた(今年は大幅に受講生が減った。最近の英文科学生は「英語学」を好み、文学は敬遠される傾向にあるからだろうか)。

そこで、昨年から課題の選択肢を増やして、「仕事が嫌にならない工夫」をしている。「わかちあいの体験記」の他に、「昔話の分析、解釈」、「創作」を加えた。「創作」は、オールズバーグの『ハリス・バーディックの謎』をヒントを作品をつくるというものである。この授業は楽勝科目ではないけれど、かといってハードルは高くしたくはないのである。

とりあえず、試験にはこんなことを考えているのだがと話して学生の意向を聞いた。一つの課題に集中するというよりは、うまい具合にばらけてくれたので、今年もこれでいこうかなと思っている。ところが、「絵本のわかちあい体験記」で準備をしたいと言ってきた学生が、「ディズニー絵本」を選びたいと書いてきた。

うーん。彼らは、「絵本といえばディズニー」の世代なのか。これは何とかしなくっちゃ。数年前、「ディズニー版白雪姫」をはじめとする、ディズニー・プロダクションによる昔話のアニメーション化について、授業で批判的に扱ったことがあるが、もう一度やっておかなくては、彼らはとんでもない絵本を選んでくるかもしれない。そのときも、「先生のいうことは解るが、でもディズニー好きです」「先生はディズニー嫌いなのですね」(そういう問題じゃないって!)なんていう感想もでてきたが、最近はどうなっているのだろう。

ディズニーの「偽プー」(わしこ語)のグッズをもって、本物プーも読んだことのない自称「プー好き」学生も多いし、この辺でもう一度、「ディズニーの功罪」をやっておくべきであるなと感じている。

「オイディプス王の悲劇」リベンジ

「オイディプス王の悲劇」を再話して、火曜日のクラスで「語り(まがい)」をすると先日このブログに書いたが、「その後」の報告をしておこう。

ちくま文庫の『ギリシア悲劇Ⅱ:ソポクレス』と里中満智子の漫画を参考に、なんとか20分弱の長さの物語に仕立て上げ、何度か声に出して修正しながら、火曜日の授業で紹介した。ところが、「語り」の真っ最中に遅刻者が大きな音をたてて飛びこんできたのである。学生も私も一瞬何が起こったのかわからず、ぽかんとしてしまった。私のつたない「語り」でも学生は集中していたのだろうと思う。私は、どこからか引き戻されたような感覚があり、すぐには言葉がでなかった。

ぶちこわされた雰囲気は元に戻らず、私もテンションを取り戻すことができずに、「乱入」以後は、何とか読み終えたという状況で、私的にはさんざんの出来であった。

とても悔しい思いをしたので、木曜日の「英米児童文学」の授業で、リベンジをはかることにした。この時は、火曜日とはうってかわって、ときおり廊下を通る人の足音が聞こえるほどの静寂のなかで語ることができた。2回目はまずまずの出来で、いちおうのリベンジは果たされたが、もう少し物語を修正したいという欲が出てきた。というわけで、さらに文献を読み進んでいるところである。また、蜷川幸雄演出、野村萬斎主演のdvdも手に入れたので、こちらも参考にしようと思っている。

授業の準備がどこか違う方向に進んでいるような気もするが、「とりあえず進むしかない!」 のだろうか?

『歯いしゃのチュー先生』を読み合う

学校行事のために、2回ほどお休みだった「読み聞かせ」ボランティアに久しぶりに出かけた。今回の担当は5年生である。入る学年やクラスがいつも違うと、同じ絵本を使い回すことができるという利点はあるが、子どもたちとじっくりつきあうことができないのが残念だ。長期的ビジョンを持っての計画が立てづらいのである。

さて、昨日は教室に行くと、まだ準備ができていなかったので(なんとこのクラスは「読み聞かせ」が終わると田植えをするので着がえをしていて遅くなったようだ)、子どもたちといっしょに机を運ぶことからはじめた。机を運んでいると男の子が「誰のお母さん?」と訊ねてきた。「読み聞かせボランティア」は、ほとんど子どもの保護者が携わっているから興味をもったのだろう。

私は、まさかそんなことを訊かれるとは思いもよらず、一瞬返事に困ってしまい、結局、「誰のお母さんでもないのよ。私の顔見て!お母さんのわりには年とってると思わない?」などととんでもなくお馬鹿なことを口走ってしまったのである。その子はびっくりしただろうなと、後からちょっと反省した。夫にその話をしたら、「誰のおばあさん?」って訊かれなくて良かったねといわれた。それはとても失礼。

後に「田植え」を控えていた子どもたちは、テンションが上がっているせいか、けっこう楽しんでくれたようだ。『歯いしゃのチュー先生』を取り出すと、「読んだことある」とか「歯医者さんにあった」(お世話になっている敷地内の歯医者さんにこの絵本をさしあげたのは私であるが、そこで読んだのかな)とかいう声があがったが、みんなじっと聴きいってくれた。なかには、口をあんぐり開けたまま「ぽかん」という感じでお話に聞き入っている男の子がいた。みんながそろうまで「やすべいじじい」で遊び、導入には『うえきばちです』を読んだ。

オイディプス王の悲劇

英文科2年生の基礎演習は、『イリアッド』をサトクリフが再話した、Black Ships Before Troyを読んでいる。本は大判で持ち運びには少々難有りだが、アラン・リーの挿絵が美しく、また、サトクリフの端正な再話は、原典講読教材としてもなかなかにすぐれている。

人名や地名に馴染みがない学生も多いので、その都度、人間(神さま)関係やその人(神)にまつわるエピソードを紹介したり、地図で確かめたりするので下調べもたいへんだが、関連分野の読書など授業の準備が楽しい。最近では、専門の研究者による入門書がなかなかの優れもので、自分の学生時代と比較すると羨ましいぐらいだ。

大学1年生のとき、「西洋文学入門」で「ギリシア悲劇」を読んだが、いざ、プレゼンとなると、日本語の文献などほとんど見つけられず、みんな同じ参考文献を使っていたことを思いだした。まぁ、こちらの力不足もあるが、あのプレゼンは活気がなかったなぁとうっすら思いだした。自分があまりにも「ガキンチョ」で、物語そのものが理解の範囲をこえていたし、悲劇の「不条理性」についても訳がわからなかったと思う。

それにしても、一部のファンをのぞいては最近の学生は、「ギリシア神話」についても「日本神話」についてもあまりにも知らないのでびっくりしている(自分のことは棚に上げて)。「アキレス腱」「ナイキ(運動靴)」も「ギリシア神話」がソースであるなどと、こちらとしてはとても恥ずかしい話を枕にもってきても、意外に感動(?)されてしまうので驚いた。

というわけで、先週ほとんどの学生が「オイディプス王の悲劇」について、きちんと知らないことを発見したのである。そこで、今日の授業では、オイディプス王の説明ではつまらないだろうと思い(誰が?)、物語に昇華させるべくテキストを作り、「語り(まがい)」に挑戦することにした。「仕上げをご覧じろ」といいたいところだが、15分ぐらいに抑えようとすると肉づけが難しい。

「ギリシア神話」の参考書として文句なく楽しめるのは、阿刀田先生の『ギリシア神話を知っていますか』、『ホメロスを楽しむために』(ともに新潮文庫)である。ところが、これは文庫本なので、ちょっと油断しているとすぐどこかにまぎれこんでしまうのである。いまも、『ギリシア神話を知っていますか』の書誌事項を確かめようと捜しに行ったら見つからなかった(涙)。阿刀田先生の<知ってますか><楽しむために>シリーズは、どれを読んでもおもしろくおすすめである(『コーランを知っていますか』は未読)。

閑話休題。

で、もう一冊のおすすめ入門書は、西村賀子さんの『キリシア神話:神々と英雄に出会う』(中公新書)である。

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