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鶴岡へ

一泊二日で鶴岡に行ってきた。「子どもの読書を支える会」主催の「子どもの本・学びの会」連続講座の第一回講師としてお招きいただいたのである。私は「物語の臨界と幸福の結末」というタイトルで、言葉の獲得と物語の理解という点を中心に、「声の文化」としての昔話や絵本を具体的に紹介しながら、お話しさせていただいた。こぢんまりとした集まりだったが、みなさんとても熱心に聴いてくれ、気持ちよくお話しすることができた。

翌日はC小学校の6年生3クラスで授業をした。4年前に6年生に「昔話」の授業をしたこともあり、以来、S先生のクラスが6年生になったら、是非「昔話についてのお話しを」というリクエストに応えたものであった。当初、6年生3クラスだけという予定だったが、急遽、10月訪問の時に、絵本を読んだり語りをした3年生にも「何かを」との依頼を受け、今回も100人の子どもたちを前に絵本を読んだり語ったりした。3年生については、6年生になるまで毎年お願いしますといわれているが、来年度は校長が代わるから、どうなることだろう。

●6年3組
「ひつじかいのバクレングロ」(『太陽の木の枝』)・・・長いお話なのだが、是非紹介したかった。期待通りに楽しんでもらえたようだ。残り時間で、「白雪姫」についての話とポストモダンの絵本を紹介。男の子がSnow White in New Yorkに興味を示し、こびとが「ジャズマン」になっている場面を食い入るように見ていたのが印象的だった。女の子には、『アールデコのシンデレラ』に人気が集中した。

●6年2組
「魔法のユビワ」(『ふしぎなオルガン』)のあと、「どうだった?」と声をかけ、K君の「ビミョウ!」という感想で、一気にクラスの緊張がとけ、「ちくりんぼう」のあとの「昔話についてのお話」では活発な意見が飛びかい、あっという間に時間がたって、絵本を紹介する余裕はなかった。

●6年1組
「ふしぎなオルガン」(『ふしぎなオルガン』)、「ちくりんぼう」のあと、「昔話についてのお話」では、2組ほど盛りあがらず(先生のお話だととても緊張していたらしい)、「お話を聞きたい」という子がいたので、「馬方やまんば」を語ったあと、「やまんば」についてすこし解説した。静かなクラスだったが、言葉はちゃんととどいていたことは実感できた。

●3年生
10月に紹介した「へんなひとかぞえうた」をみんなで復習。しっかり覚えていてくれたので、びっくり。『しりとりのだいすきなおうさま』、「ちくりんぼう」、『月へミルクをとりにいったねこ』と楽しみ、最後は、「へんなひとかぞえうた」「やすべいじじい」で締めた。「やすべいじじい・シュワッチヴァージョン」はとても盛りあがった。

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雑記

懸案だった非常勤先の「短期カレッジ」(公開講座のようなもの)が無事終了した。最後の語りがすばらしく、方言の語り「あとかくしの雪」には不覚にも涙が出てしまった。私が担当した「講義」では、「なぜ語りは暗記すべきではないか?」という点について、「語りの言葉の特質」や「語りの文体と読む文章の違い」などをふまえておはなしした。

ストーリーテリング関係の著作のどれを読んでも(ルース・ソーヤー、アイリーン・コルウェル、松岡享子、櫻井美紀など)、「ストーリーテリングとは文章を暗記して言葉に出すことではない」ということを主張しているのであるが、私が聞いた語り手の多くは、テクストに頼って語っていたように思われる。テクストに頼る語り手の語りは、自分の語り口を持っている語り手と比べると、語りの魅力に欠けるようだ。怖くない「フォックス氏」やおもしろくない「3匹のコブタ」を図書館や昔話の講座で聞かされたことをよく覚えている。

また、「語りはもともと口承文芸であるから、一言一句暗記すべきではない」とお題目のように言われても、理論的に説得されないとなかなかすっきりしないものだ。私たちはすでに文字時代に生きており、文字に依拠していなかった中世の吟遊詩人ではないからである。「語り」とはいえ、かなりの程度テクストに頼らざるを得ない。

幼い子どもの抜群な記憶力に驚かされることもあるが(俵万智は3歳の頃、『3びきのやぎのがらがらどん』を、まるで字が読めているかのように「読んだ」そうだ)、あのような特異な記憶力というものは、彼らが無文字の時代に生きているからこそのものであろう。学校教育の目的には、無文字時代の子どもを文字化することがあるだろうが、「声の文化」を十分経験しないで「文字化」しようと企んでも、困難がつきまとうであろうことは想像に難くない。一人の人間として、「声の文化」を存分に経験しなければ、文字時代に進めないというのは、人間としての個人の成長と人類の成長の不思議なシンクロニシティを考えると納得できる。それにしても、地球上には約3000の言語が存在しているが、文字を持っているのは、たった78だけであるという指摘にも驚かされる。

昨日は、敷地内で行われている「朗読教室」に出かけた。1回目は仕事のため、開始30分で「早引き」したので、フルでの参加は昨日がはじめて。講師の「ダメだし」で、受講生の声が変わり、「読み」が変わり、一つの作品ができあがってゆくのを体験できるのはワクワクする。先生の私へのコメントは、「表現しようとしてはいけない」というものであった。むずかしいが、面白い。それぞれのテクスト(3種類のテクストの「笠地蔵」を使用している)をどれほど深く読みこむのかが基本になる。いかに上っ面だけしか読んでいなかったのかに気づかされた。

かつて、『ページをめくる指』を読んだ時、金井美恵子はただ者ではないと感じたが、最近、彼女のエッセイ、小説を集中的に読んでいる。おもしろい!

異界で食べ物を口にすること

以前この日記に、『めっきらもっきらどおんどん』(長谷川摂子作/ふりやなな画)のかんた君が、異界に行って「よもつへぐい」をしたのに、こちら側の世界に帰って来られたことに関して、物語のルールに反するのではと疑問を呈したことがある。もちろん、帰ってこられなきゃ困るのだけれど。

ところが、絵本を見ていて一つ気になることをみつけた。かんた君と3びきの物の怪(もんもんびゃっこ、しっかかもっかか、おたからまんちん)は、たしかに「おもちのなるきを みつけて たべた」のであるが、そのお餅の色がそれぞれ違う。かんた君は白いお餅、もんもんびゃっこ、しっかかもっかか、おたからまんちんはピンクのお餅を食べるのである。

そうか、ここでひとひねりあったのか。このことをE-ラーニング大学のコミュニティで話題にしたところ、おもしろい意見が出てきた。ピンク色は「桃」に通じるから、ピンクのお餅を食べた3びきは、桃から連想して「不老不死」を獲得している存在、つまり明らかに異界の存在なのではないか、そして、かんた君の食べたお餅は、「白」がら連想して、「純潔」「けがれなさ」に通じ、たとえ異界に行ったとしても、その「気」には侵されないのではないかという意見である。「桃」への連想はおもしろいと思うが、餅は「紅白」なんではないかしらとも思うのである。どうなんだろう?

また、餅のなる木は、「繭玉」みたいだといううコメントもあったが、たしかにそんな感じがする。ところで『めっきらもっきらどおんどん』は読めば読むほど、和製『かいじゅうたちのいるところ』だなぁ。

びっくり二題

<その1>一度「立ち消え」になっていた「3ゼミ飲み会」の話が復活したのは、ぎりぎり年が改まるころだった。「年明けの最後の授業後にゼミのみ」というメールが来たのは31日であった。木曜日は当然授業にゆくし、帰りはたいてい都合のいい学生と食事がらみでビールを飲んだりすることが多いので、もちろん「否」やのはずはなかったのである。

というわけで、全員とはいかなかったが(翌日、試験のものあり、レポート提出のものあり、出席者のなかには前日レポートで徹夜組もあり)、女ばかり10数人うちそろって五反田に繰り出した。お店では、隣(御簾越し)のサラリーマンがこちらの注意をひこうとやけにテンション高いのがうるさかったが、もちろん「無視!」である。やーね。

お話やお酒がはずむなか、幹事さんがケーキを持って登場した。「誰の誕生日なの?」訊くと、なんとそれは私の誕生日のケーキだったのだ。びっくり! 確かに14日は誕生日であるが、どうして知っていたのだろう。しかも、みんな一言も漏らさず、内緒で準備してくれていたらしい。ゼミ生全員からのメッセージ集も受け取り、驚きの「エー! どうして?」ばかりで、お礼の言葉も満足にできなかったので、ここであらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。 

ケーキはみなでおいしくいただいたが、ケータイ待ち受けには、「ケーキの写真」が入っている。写真を撮ったのも、待ち受け画面に設定してくれたのもMSさんである。こちらも感謝! 新年早々うれしいサプライズだった。

<その2>PCのウィルスのダウンロードがうまくゆかず、東京にあるサポートセンターに電話をして、そのままサポートしていただいた。「オウ(王)です」という自己紹介と日本語によって、この人は日本語ネイティヴではないなと感じたが、サポ-トそのものは問題なく進んでいった。一回、長めのダウンロードがあり(約9分)、間が持たず、私のほうからいろいろお話をしかけた。で、びっくりしたのは、王さんは東京で私のサポートをしてくれたのではなく、なんと中国の大連にいるのであった。これも新年早々「ヘエー!」であった。まさか、国際電話料金がかかるわけではないよね。ちょっとビクビクしている私である。

『風林火山』を読む

大河ドラマの「風林火山」総集編にどっぷりはまってしまい(内野聖陽の迫力にまいったのである)、原作『風林火山』(井上靖)を読んだ。ドラマを見ているうちに、「アーサー王伝説」の舞台となった時代と日本の戦国時代が奇妙にオーバーラップしてきたので、なぜなのかを確かめたかったからだ。それは、武田晴信に仕える軍師山本勘助の姿があったからだと思う。彼は軍師とはいえ、王の語り部のような存在だったのかもしれないとふと考えたからだ。

勘助は、戦国武将に仕えたからこそ、「軍師」としての役割を果たしたし、映像でも作品でも、その部分がクローズアップされていた。しかし、勘助の姿を注意深く追えば、彼の「語り部」的側面が軍師としての彼を生かしていたことに気づく。冒頭部分、武田家に仕えるために甲斐へ向かう時の勘助は、次のように思いをめぐらせている。

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彼は平生遠隔の地からきた旅人に会うと、そこから詳細にわたっていろいろな知識を引っ張り出すことを忘れなかった。記憶力や想像力は、自分でも驚くほどに非凡だった。一度聞いたことは決して忘れなかったし、ただ一つの知識の欠片から、際限もなくいろいろなものを引き出すことができた。(新潮文庫版 p29)

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この非凡な想像力と記憶力こそが語り部にとって必要不可欠な能力であろう。

勘助は、諸国を漫遊しているとのもっぱらの噂であったが、それは、噂にすぎす、自分の故郷と駿河の一部しか知らない。けれども、はじめて甲斐の国へ足を踏みいれた時、その山景が自分が想像したものと寸分違わないことによろこびを感じ、あまつさえ、古府(甲府のことか)に来るのは3度目だと「騙り」さえする。「騙り」は「語り」に通じる。

世が世なら、どれほどすぐれた語り部になっていたことだろう。いや、この戦国時代であったとしても、勘助は、戦術や攻撃指南のあいまに、過去の数多の戦いを物語り、これからむかえる雄々しく激しくくりひろげられるであろう武将の闘いを予言し、語り、自分の仕えるお屋形さまの士気を高めたに違いない。

プロの語り部は、自分の生活を支える独自のレパートリーを獲得していなくてはいけないといったのは、ベン・ハガーティであるが、この点でも、勘助を語り部とよぶのにふさわしいだろう。

スーザン・プライスの作品にKing's Head というものがある。王の語り部が戦場で死にきれずに、首だけになってもなお、敵方の人に語り続けながら、囚われた王に会おうとする枠組みを持った作品だ。この時、語り部グリムセンが敵方の人びとに語る物語は、昔話や伝承をプライス風につけしたものだが、この語り部が王とともに参戦していた時には、勇敢な英雄や英雄の戦いの物語を語ったことであろう。

『風林火山』の勘助に語り部を見たことは、これが、私の全くの想像であったとしても、なんだかワクワクするのである。

おめでとうございます

新しい年の訪れを言祝ぎ、皆様のご健康をお祈りします。

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