スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

絵本マラソン

秋学期、第1回目授業(「英米児童文学」)恒例の「絵本マラソン」で学生に紹介した絵本を記録しておく。「お話会」や「授業」で使用する絵本や物語の「著作権」について、関係者のお話を聞いたり、学習したりしていると、「絵本マラソン」のような授業が有効なのか、あるいは、著作権の侵害には当たらないのかと、今までは考えずにいた事が気になって仕方がない。また、翻訳権は、「誤訳を含めての権利」であることを今さらながらに認識し、困った事がふえつつある今日この頃。

●川端誠『うえきばちです』。BL出版。
●イブ・タイタス文/ポール・ガルドン絵『ねずみのとうさんアナトール』。童話館出版。
●竹津実作/あべ弘士絵『どうぶつさいばんライオンのしごと』。偕成社。
●アンドレア・ユーレン作『メアリー・スミス』。光村教育図書。
●トミー・デ・パオラさく『神の道化師』。ほるぷ出版。

さすがに、腕が疲れた。最近、目が悪くなってきて、めがねを使い始めたのであるが、慣れないせいか、うまく使いこなせない。で、めがねをかけたり、外したりするのだが、活字の色や大きさによっては、よく見えない事があり、思わぬ間違いをすることがある、という事がわかった。困る。
スポンサーサイト

読書記録

「読書日記」なのに感想をアップしている暇がないので、とりあえず読書記録のみ。

●丘修三『ぼくのお姉さん』。偕成社。1986年。
●丘修三作/片岡まみこ画『みつばち』。くもん出版。2005年
●ケイト・トンプソン/渡辺庸子訳『時間のない国で 上・下』。東京創元社。2006年。

この4冊は、一気読み。『時間のない国で』は、アイルランドの伝承をふまえたすぐれもののファンタジー。他にも、伊東行きの電車の中と夜寝る時に読んだ文庫本が2冊(この2冊は、学生に差しあげた)。『米原万里の「愛の法則」』、米原万里はこれで最後か…。小倉千加子の『宙飛ぶ教室』と『結婚の条件』。『結婚の条件』は面白かった。学生にお勧めだ。他にもあったなぁ。あっ、そうだ。ルース・マニング・サンダースの昔話の再話、金田一秀穂の本2冊。まだあったはずだが、忘れてしまった。

あー、明日からガッコがはじまる。ヾ(`◇')NO!

3ゼミ合宿

ゼミ合宿(一泊二日)で伊東に行ってきた。参加者ははじめの予定より、ずいぶんと減ってしまったが、それはそれで、こぢんまりとした団体で、楽しかった。そういえば、どこやらで「五つ子の母です」と口走ったような記憶もある。

「お勉強」は一日目だけで(「ガウエィン卿と緑の騎士」講読ほか)、翌日はレンタカーで伊豆高原に散在する美術館や一碧湖をめぐった。入場料を1000円も取られた「ブライアン・ワイルドスミス美術館」は、あまりのちゃちさにみんなブーイングだったが(原画が少ない!)、「テディベア・ミュージアム」と「万華鏡館」ではとても楽しんだ。

私は「万華鏡」が大好きだ。といっても、オイルタイプを一本持っているだけだが(それで、十分楽しめる)。だから、オイル・タイプでは世界一といわれる万華鏡が、期待通り幻想的でとても美しかったので大満足であった。できれば、一時間でもその場にいたかったのだが、館主の「早く出ろ光線」にみんなでめげて、二回りで追い出されてしまったのは、とても残念。同じ光景が見られるのは、計算上、46億年後になるらしい。そのとき、地球はどうなっているのだろうか?

おみやげには、見たものがすべて「万華鏡的」に映る万華鏡を買った。「テレイド・スコープ」と呼んでいたが、辞書では見つける事はできなかったから、おそらく造語であろう。

運転は私がしたのだが、ウインカーとウオッシャーの位置が、自分の車とは逆だったので、ウオッシャーを動かしながら、右折や左折を何度も繰りかえした(考えれば考えるほど、間違ってしまうんである)。これは、末代までSSさんに話題にされると、MSさんにいわれた。ナビをしてくれた(ウオッシャーを止めてくれた)Oさんがいなければ、どうなっていた事か? しかも、「目的地付近ですのでこれでナビを終了します」という役立たずのナビのおかげで、とても恥ずかしい思いもしたのである。みなさんお疲れさまでした。

ところで、彼氏と「HERO」を見に行く予定の方がいらっしゃたので、失礼ながら、例の事をうかがってみた。「妥協する」のだそうだ。そっかー。

鶴岡へ

鶴岡市のC小学校の学内授業研究会に参加するため、今回は、私のたっての希望で車で出かけた。往復約1000㎞であった。

3年生の子どもたち100人と楽しんだ絵本・お話の記録

●「へんなひとがぞえうた」(岸田衿子)
●語り「鳥呑み爺さ」
●『くまのオルソン』(ラスカル/マリオ・ラモ)
●『ねえどれがいい』(バーミンガム)
●語り「はんてんをなくしたヒョウ」(アニタ・ヒューエット)

『くまのオルソン』は、去年に引き続き2回目(子どもによっては3回目)になってしまうのだが、去年の反応に気になる点があったので、どうしても読んでみたかった一冊である。しかも、この絵本は、『ねえどれがいい』とともに、「臨界期」にある絵本ではないかと思う。

お話が終わったあと、たくさんの子どもたちが私のまわりによってきて、感想を話してくれたり、お礼を伝えてくれたりした。先生によると、子どもたちは教室に帰ったあとも、「へんなひとかぞえうた」をずっと唱えていたらしい。

『くまのオルソン』のコグマは、「ぬいぐるみのクマ」であって、「クマのぬいぐるみ」ではなかった。うーん。深い。

学内授業研究会についても多く示唆されるところがあり、実りの多い研究会であった。

映画「ミス・ポター」を見る

先日に引き続き、MMシネマで「ミス・ポター」を見た。今回は、夫と一緒。映画そのものは、原作も読んでいたし、ポターの生涯については知るところも多く、その点では目新しいものはなかった。むしろ、もう少し、ポターの「情の強さ」(©猪熊葉子)とでもよぶべきものがあってもよかったと思う。

ビアトリクスがナチュラリストであることは、よく知られているが、『ものいうウサギとヒキガエル』(猪熊葉子/偕成社)の冒頭には、頭を切断されたマムシが動かなくなるまで、2時間にわたって観察していたというエピソードが紹介されている。このようにというか、これほどまでにビアトリクスは、冷静な観察者でもあったのだ。彼女の才能は絵だけにあったのではない(キノコの研究)。シェイクスピアの戯曲のほとんどをらくに暗唱したというエピソードなどを知ると、これほどの才能を活かすことのできなかった時代について考えないわけにはいかない。親との葛藤も、階級社会や時代が生みだしたものであると考えられる。

ヴィクトリア朝の「リスペクタビリティ」のくびきに引きずられて、もがき苦しんでいたポターは、子どもの本を描くことで、自分のエネルギーを昇華させていった。『ピーターラビットのおはなし』は、子どもたちを大いに楽しませるだけでなく、ポターをがんじがらめにしていたくびきからも解き放ったのだ。

同様に、ドジソン教授ことルイス・キャロルも、『不思議の国のアリス』を書くことで、自らを解放したのであろうか。とくに、キャロルの書いたようなナンセンス物語は、リスペクタブルなものとして、コモンセンスが支配するおとなの世界では受け入られる事はなかったに違いない。

ところで、ポターを演じたレニー・ゼルウィガーはテキサス生まれで、日常生活ではテキサス訛りが抜けないらしいが、映画では、とてもきれいなイングリッシュを披露していた。

わらべうたの力

2歳児を持つお母さんのサークルで、「何か絵本についてお話を」と頼まれた(もちろん、ボランティア)。その打ち合わせに、2歳児をつれてお母さんがふたりやってきた。

ちびちゃんたちは、知らない家にきてなんだか落ち着かない様子だったが、そのうち慣れてきて、用意した絵本を読んでもらったり、ごろごろ遊んでいた。2歳の人にとっては、本もまだ「おもちゃのひとつ」である。なめたり、投げたり、ページをめくって楽しんだりしながら、本というものを理解してゆくのである。

『じゃあじゃあびりびり』と「ずっくぼんじょ」には、はっきり食いついてきたのがわかった。とくに、「ずっくぼんじょ」は、その唄を聞いたとたん、Sちゃんは、「ぴくっ」と身体で反応した。言葉が身体の中に吸収されて、全身で受けとめたということがわかった。理性的というより感覚的、動物的な反応であった。お母さんもびっくりしていたが、私にとっても感動的なできごとであった。

それから、私はSちゃんと「いっぽんばしこちょこちょ」で遊んだが、「も一回やる?」と聞くと、「うん」といって、何回も何回も楽しんだ。最初の数回は、「おてて出してごらん」というと、掌を上にすることができなかったが、しばらくするうちに学習した。わらべ唄には、遊びながら、自分の身体感覚を養い、高める力もあるのだ。

というわけで、昨日は、「この子のかわいさ」という沼津に伝わる「子守歌」をピアノで音を取りながら練習した。とてもいい歌だが、なかなかどうして思うようには歌えない。

映画「HERO」を見る

引きこもり状態の夏休みに、CXで「HERO」の再放送をやっていた。一度見たら、やめられなくなってしまった。最終回のあたりが、自宅改装工事中で、見ることができなかったのであるが、万障繰り合わせて3時58分にはTVの前に陣取るほど、はまってしまった。「内閣改造」で、ニュース番組に振り替えられた時には、ちょっとがっかりするぐらい入れ込んでしまったのである。この再放送も映画の前宣伝だったらしいのだが、まんまと敵の戦略の思うつぼで、今日、映画を見てきた。

ほとんどが女性で、年齢層も広く、どう見ても私より年上の「韓流スター」にはまるおばさまたちも、団体様でいらしていて、「おもしろかった」「あっという間だった」などと口にしていた。もちろん、私も楽しんだ。おまけに「観客ウオッチング」もさせていただいた。

作品は、大きなプロット以外に、「スペイン語」と「韓国語」が鍵を握っているというか、「語学」が隠れテーマだったような感じだ。最後は言葉に関する「落ち」がついて、よい味を出していたと思う。

若いカップルもちらほらいたが、木村くんの映画を恋人と見に来る女の子の神経を疑ってしまう。木村くんだったら、穴あきジーンズも似合うし、足短くても許せる。青くさいけれど、一途で、一匹狼的な検事役はとても似合っていたと思う。そんな木村くんを、映画で十分楽しんだあと、自分の彼氏をみたら「ゲロゲロ」状態にならないのだろうか。

木村くんの映画は、恋人とゆくべきではないと思うな。以前、私は、夫と「武士の一分」を見にいったけれど、私は、夫を尊敬もしてるし、愛しているから、もちろん、「ゲロゲロ」状態にはなりませんでしたけれどね。うひひ。

本日のメニュー

いろいろお世話になった友人をランチにお招きしました。お酒も会話もはずみにはずんで、お帰りになったのは、午後10時をまわっていたような…。

定番になりつつある<本日のメニュウ>は以下の通り。

●アボカド・ワカモーレ/マグロのタルターラ/自家製ガーリックトースト/クリームチーズ
●ブタの柔らか煮/トマト/オクラ/ゆで卵/パプリカ
●明太子スパゲティ
●スプマンテ/ニュージーランドの白ワイン/ウィスキー・ソーダ割/ジンジャー・アップルティ/ノエル・ブラン
●お手製チーズケーキ(私じゃありませんてば)

いつもと比べると品数がちょっと少ない感じ。カロリー摂取が気になる三熟女+夫でおいしく(!)いただきました。ブタの柔らかさの秘密は、パイナップルジュースにあります。

成績にクレーム!

「単位不認定」になった学生が、「自分は嫌われているから」単位が認定されなかったのではないかと、クレームをつけてきた。「とーんとん、とんでもない!」(だいたい、こんな理由で聞いてくることがおかしいと思うのだが)。こちらだって、成績を出す前には、何回も点検し、レポートを読み直して、成績をつけるのだから、好悪の感情に左右されることはない。しかも、顔をあわせることもほとんどないシステムの中でどうやって「好き嫌い」が生まれるというのか! また、他の科目ではレポートの書き方についても何も問題ないとも主張していたが、私の授業では違うんだって。だから、コメントに対しても高をくくって、きちんと読んでくれないし、直してもこなかった学生である。

人間的な部分で感情は生まれないが、レポートの内容、取り組み方には、書く人の人間性や知性が反映する。それに対しては、「感情」というか、「思い」は生まれるかも知れない。「誠実に取り組む気のない文章」(こういうのに限って、「私は誠実に取り組んでいる」とアピールしてくる)、「おざなりな言葉を並べ立てただけの文章」、「わけのわからないめちゃくちゃな構成と文体の文章」、こういうのは困る。それでも、直すべきところを指摘し、何回かの書き直してつうじてずいぶんよくなるのだ。でも、「この程度のレポートならば、問題なく書ける」という、変なプライドの持ち主には、残念ながら成長はない。

そういえば、まるまるパクリのレポートを書いてきて、「なぜ不合格か」と聞いてきた女子学生もいた。厚顔無恥とはこのことだ。「パクリ」だろうという疑念だけでは、不合格にできない。この場合は、文献が特定できたのである。最近は、ネットをつうじて簡単にコピーできるせいか、公開の論文をパクる不届きな奴もいる。英語の引用があったので(英語で引用するというのは、英語で読んだことをアピールしている)、自訳を示せといったら、"bank"(川岸)の意味を読み違えて「銀行」と訳してきて、馬脚を現した。情けない。

未訳の古い文献について縷々述べてきているレポートがあったが、これも「パクリ」だろうと、いろいろ探したが特定できなかった。同僚に相談して、「不合格」にした。「疑惑」以上に、レポートの内容、形式に問題があったからだが、彼女の言い方がふるっていた。「二度とこの学生に会いたくないのであれば、"C"をつければよい」というのだ。彼女にとって"C"というのは、そのような評価である。CやD、可や不可をつけるのには勇気がいるのである。

ところで、授業をつうじて「子どもの本のすばらしさ」を実感したというメールが来ていた。これほどうれしい言葉はない。教師冥利に尽きるというものだ。


本の整理

リビングの壁に本棚を据えつけるために、キッチンにも手が入って、ようやく三日間の工事が終了した。その疲れが出たのか、歯茎が腫れてしまい、敷地内の歯医者さんに飛びこんで、治療をしてもらうなど、あたふたと日が過ぎてゆき、予定の仕事が滞っている。

本も床に積み上げてあったものを、ただ、放りこんでいるだけで、新学期が始まる前に何とかしないと、本を探すのに苦労することは目に見えている。

しかし、当然といえば当然なのだが、リビングが広くなって、気持ちがよい。快適に仕事をしたいものだ。さぁ、がんばろう。

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

月別アーカイブ

最近のコメント

プロフィール

わしこ

  • Author:わしこ
  • 無断転載ご遠慮ください。
FC2カウンター
最近の記事
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。