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石井桃子さん

石井桃子さんが3月10日で100歳を迎えられる。岩波書店のPR誌『図書』3月号では、石井さんの100歳を記念して、松居直、今江祥智、中川李枝子の座談会の模様が掲載されている(巻頭文も石井さんの「三つ子の魂」である)。

あらためて、石井桃子さんが日本の児童文学に果たしてきた役割の大きさを認識した。なかでも翻訳に果たした業績は途方もないものだと思う。松居さんの「聞く力のある人が、語る力のある人になるんですね。先生は、翻訳でも創作でも、語りですね」よいう評価は、なるほどそうなんだと説得力がある。

子どもの本のスタイルは、ただ文章を練れば良いというものではない。声に出されたときのことも考えなくてはいけないというのは、よく言われることであるが、どれほどの作家、翻訳者、編集者がそこまできびしく自分たちを律しているのか、疑問に思うことがある。もちろん大部の物語であったとしても同様であろう。

エステスの古典的な作品を『百まいのドレス』として、50年ぶりに改訳されたということであるが、これからも本質的なところでのお仕事をできるだけ長く続けていただきたいと心からお祈り申し上げる。

ところで、今江祥智の「ぼくは『クマのプーさん』が岩波文庫に入るまで生きようと思っています」発言には、大いに励まされた。
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『のだめカンタービレ』17巻

『のだめカンタービレ』17巻を読んだ。とうとう真一のお父さんが登場した。ルー・マルレのコンサートに無理矢理引っ張り出されたのであるが、おかげで真一は、ミスってしまう。うつうつとする真一に、のだめは「いじけてんじゃないですヨ」と檄を飛ばす。のだめちゃん、かっこいいよ。ずっぽり、べったり真一に依存しないのだめはとてもステキ!べったりと恋愛にのめり込むのではなく、音楽に生きる自分を大事にしているのだめだから、「変態」的になることでバランスとっているのか、と思ってしまった。

久しぶりのリハーサルでの楽団員の「ドンドン」には涙が出てしまった。コンマスもいい人じゃん。

コストコ参り

ほぼ一年ぶりに、コストコに行った。今回の目的は「チャックつきジプロック」だっだが、サイズに難があり(大きすぎる)、普通のものを購入。食器洗い機用洗剤もドカンとでかく、普通の食器洗い洗剤とともに一生分あるのではないかという大きさだった。

そのほか、ボディ・シャンプー、シャンプー、オリーブ・オイルなどを購入。いろいろ気になるものもあったが、サイズと量に難があり断念する。

久しぶりにあった友人とおしゃべり。あたたかな一日だった。

学生と飲み会

木曜7限クラスの飲み会。6時から始まって気がつくと11時をまわっていた。普通は2時間で追い出されるのだけれど、幸い祝日ですいていたのと、Y君のバイト先であることから、総勢12人で甘えさせてもらった。ありがとうございました。

男子学生(4人)だけに、時節柄ということもあってチョコレートを渡したら、女性軍からブーイングがきた。曰く「私は、心はオヤジです」からはじまり「心もオヤジなのはもちろんだけど、朝起きて黒縁のメガネをかけている姿はあまのっちです」なんてのもあった。すまん。

おしゃべりにも花が咲いたのだが(うるさくしてごめんなさい)、紙ナプキンやお箸の袋でリボンを作ったり、バレリーナを折ったりしてわいわいと楽しんだ。

学生たちの教師を見る目は、鋭くシビアである。「ギャッ」こんなところまで見られているのねという「おそろしさ」を感じてしまった。彼らは、教師の研究対象に対する向きあい方から学生への接し方に至るまで冷静に観察し、こんな風に情報交換してるんだ、ということがよくわかった。

またもや午前様になってしまった。反省。

予定終了

10月第3週から始まった「子どもと読書」が昨日で終了した。一コマの授業なのにほとんど一日がかりなのが辛いところだが、今期はかなりいい感触で授業を終了することができた。自分としては、同じようにやっているつもりであるが、今年の学生の反応はともてよかった。

「私の四年間最後の授業が、この『子どもと読書』でとても幸せでした」という望外の喜びともいうべき言葉ももらい、私こそ幸せである。ありがとう。このような言葉が、私を生かしてくれるのだと、しみじみ思う。

『みんなおなじ でも みんなちがう』(かがくのとも)とThe Dotをわかちあい、よろこびやおどろきをもらったからこそ、次に伝えることができるという思いをそれぞれ確認した。

また、最後の最後には、腕前はプロ並みの学生マジシャンからマジックを見せてもらった。「すごい!」。ほんとうに至近距離で見せてもらったのに、トリックは解らない。贅沢にも観客は3人だった。

アレックス・シアラーの『魔法があるなら』を読んだ。メトロポリタン美術館で一週間暮らしたのは二人の子どもであったが、この作品では、母と二人の子どもが超高級百貨店で暮らす。「なぜ」「どんなふうに」なのかは読んでからのお楽しみである。ありえない結末だけれど、こうでなければ確かに辛い。

三浦佑之『日本古代文学入門』を読む

さすがに一気読みというわけにはいかなかったが、『日本古代文学入門』(幻冬舎)を読んだ。三浦先生のところで勉強させていただきたい、という気持ちがむくむく生まれてくるほど、刺激的で興味深い内容であった。『古事記』『日本書紀』『日本霊異記』『竹取物語』『万葉集』などを「異界」「男と女」「エロ・グロ」「事件」を切り口に作品に迫っている。作品に書かれた事柄を通して、古代人の心性を探るという視点があるため、作品の読み方にも独特の視点がうかがえて、いろいろヒントをいただいた。

例えば、『常陸国風土記』に収録されている「松に変身した少年と少女」のお話から、私は松谷みよ子さんの『つつじのむすめ』に関する、新たな視点を得、新たな解釈の可能性を感じた。あるいは『古事記』の安康天皇に関する記述と『ハムレット』との類似性の指摘には、私の浅学のためとはいえ、驚きと、学ぶことの喜びを今さらながら感じた。イザナキが「桃の木」に呼びかけることの意味と『帰還』で出てくる「桃」の関連にもある気づきがあった。

三浦先生は、書かれたことが「事実かどうか」ということにこだわるのではなく、文字によって記録されることがどのような意味をもっているのか、ということをつねに考えていらっしゃるので、自ずと「語ること」の本質への問題提起がなされ、これもまた刺激的であった。

大学時代に「宴会での戯れ歌」と講義で聞いて、ロマンチックな恋という幻想が打ち砕かれ、とてもがっかりした記憶のある額田王と大海人皇子の歌についても、事実かどうかではなく「伝承や噂はどのように作られるか」(p279)を見据えることで、じつは二人の作ではないというお考えには、ちょっとだけあのときの「失望感」を癒されたような気がする。

古老が語ったものとして書かれた『口語訳古事記』、『古事記講義』(ともに文藝春秋)も時間を見つけて、もう一度ちゃんと読まなきゃ。

『稲の旋律』の続編(姉妹編と呼ぶべきか)『風車の見える丘』(旭爪あかね/新日本出版社)を読んだ。とてもよい。

旭爪あかね『稲の旋律』を読む

この本の情報をどこでどう手に入れたのか、もはや解らなくなってしまった。おそらく、「母の自立」「母と娘」をキーワードにネットの海をさまよい、本を読みあさっているときに、引っかかってきたに違いない。どなたがどんなふうに書いていたのかも思い出せないのであるが、この本とめぐりあわせてくれたことに感謝したい。ありがとうございます。

主人公の千華は、25歳で大学を中退して以来、正式に就職したことがない。30歳を目前にして、ようやく就職した会社も、3ヶ月ほどたつと出社できなくなってしまった。他人の目が気になり、不安と焦燥感に駆られてしまうのだ。ある時、千華は現実から逃げるように電車に乗り、その景色に誘われるまま降りた「三善」の田んぼに、ペットボトルに入れたSOSのメッセージをおいてきた。そのメッセージをひろった広瀬という男性との間に交わされる往復書簡で作品が構成されている。

作品を読み進めるうちに、千華が「引きこもり」状態になってしまったのは、「母の娘」である重圧に耐えきれなくなったためであったことがわかる。すると、これは、先日ここでも触れた、おとな版『マリオネットディズ』である。いや、『稲の旋律』が2002年の出版だから、『マリオネットディズ』が、YA版『稲の旋律』ということか。いずれにせよ、時代が抱える問題が、子どもの文学でもおとなの文学でも書かれているということだ。この2作を比較してみると、YAの限界が見えてしまうのも悲しい。

『稲の旋律』では、千華の問題が彼女だけのものにとどまらず、千華の両親の関係や二人の子ども時代にまで、その根っこがあることが作品の中で示される。「高度成長時代を支えてきた人間」を送りだしてきたことが最大の誇りである元教師(校長)の父や辛い子ども時代を封印している母には、千華が農業に生きていくことの意義を見つけてゆくのも理解しがたいだけでなく、嫌悪感すらもっている。

稲の海に風が吹きわたり、そこにパッヘルベルの「カノン」の音色を聴いた千華が再生してゆく過程は、説得力があり、希望がある。さらに、日本の「食」についても、問題意識を刺激される。途中から、千華と広瀬が会い行動を共にするため、書簡体小説が技巧的に不適切にならざるを得ない部分が見えるが、まぁ、これはご愛敬ということで…。

●旭爪(ひのつめ)あかね『稲の旋律』。新日本出版社、2002年。


アレックス・シアラー『青空のむこう』を読む

『チョコレート・アンダーグラウンド』がおもしろかったので、ユーストで『青空のむこう』を購入。最初の数ページかで、その後の展開が読め、その予想がよい意味で裏切られることもなく物語が進んでいった。

正直、ちょっと期待はずれであった。訳者(金原瑞人)あとがきには、読者モニターのとても好意的な感想が書かれており、私は自分の感受性が鈍くなったのかと、少々、自己嫌悪気味である。

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