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ありえない!

最近、少しおなかのあたりがひきしまってきた感じがするのでウキウキして、油断していたのかしら。昨日、お稽古終わりに、R子先生の立ち会いのもと(体重計の使い方知らないものだから)、「体脂肪」「内臓脂肪」などを計測した。これが、ありえない数字なのでショックを受けた。「体脂肪」なんて、もうすぐ「肥満」に突入する。

木曜日にまた学生と授業終わりに飲んだ「一杯」がきいたのか、体重も1㌔は増えていた。何とかしなくては。

ところで、R子先生と「プリマダム」の黒木瞳の踊りについてちょっと盛りあがった。このドラマ、ほとんどリアルタイムで見ることが出来なかったのだが(Hさんよりビデオをお借りした。ありがとうございます)、最終回だけは、帰宅が遅かったので、まだ起きていて見ることが出来たのである。期待していただけに、黒木さんの踊りのひどさにはびっくりした(「宝塚」出身だろ! とつっこみを入れたくなった)。少しだけポワントはいていたシーンもあったが、立ててないじゃないか! バレエシーンを楽しみにしていたのに、話も必要以上にひっぱるし、なんだか中途半端な最終回だった。その中で光っていたのが、うのちゃんと高岡早紀。この二人の踊りをもう少し見たかった。うのちゃんは、「ローザンヌ」の予選は通過したという話を聞いた。

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児童文学作品の映画化について

<ゲド戦記>の封切りまであと一月となり(7月29日公開)、試写会のお知らせがMOE誌7月号に載っていた。そのおりもおり、ALA(アメリカ図書館協会)の児童サービス部門の機関誌Child-ren and Libraries誌で、"See the Movie, Read the Book" という記事を読んだ。子どもたちは、その作品が好きだから、映画を見るのだろうか?という問題提起のもと、アメリカにおける子どもの本の映画化状況を報告している。映画化された子どもの文学作品は、まず、異常ともいえる売れ行きを示しているという(これは日本でも同じだ)。

たとえば、2001年に「ロードオブザリング」(このセンスのない邦訳タイトルは何とかならないものだろうか)が公開されると、The Hobbit(『ホビットの冒険』)は、いままでで最高の売り上げを示したという(約200万冊)。しかし、映画の公開が終わると、その人気は急速におちているらしい。この状況をふまえて、図書館でどのようなサービスをすべきなのか、というのがこの記事の眼目であった。図書館としては、このような好機を逃がさず、ブックトークや図書館の展示などで、作品そのものや関連作品の読書を推進していくべきだという、誰もが納得する平凡な結論に落ち着いた。

気になるのは、この記事では、「こどもたちの読書生活」「読書の質」に関する言及がほとんどなく、映画化を最大限に利用しようという戦略を提唱していたことである。つまり、「映画が先か、作品が先か」というジレンマや悩みはほとんど読みとれなかった。むしろ、映画は映画で楽しんでも、実は、子どもたちは「本の方を好む」という、若干の実例をもとにした認識があることに驚いた。確かにこの認識は、ある意味正しい。

The Horn Book Magazine誌に掲載されたテリー・バトラーの"Books to Film"にも目を通したが、ここにも「児童文学作品の映像化」に対して、「子どもの読書生活」という側面から、「読書」を根本的に議論するという視点は見えなかった。彼らは、「本は本、映画は映画」と冷静に受けとめているようだ。自作が映像化され、その作品世界がそこなわれて扱われた作家たちも、淡々としているような印象を受けた。

バレエ発表会

昨年12月に発表会をしたと思ったら、今年は9月に発表会をやるのだって。私がお稽古に行っているクラブのNチームは、2グループ参加する。私は、火曜日のK子先生の指導を受けることになった。先生が新しくなったばかりなので、火曜日のクラスは参加者が少なく、3人で「コッペリア」の「祈り」を踊る。昨日の初練習で思わぬ伏兵がいたことを発見。左膝を支えにして座るポーズを取ると「超痛い!」のである。膝の使い方が悪いらしいが、骨が床にあたって、祈りのポーズができない。しかも、今朝になって気がついたのだが、その部分がアザになっている。何とかしなくては。今日は、おしりと内腿に筋肉痛。

このところバレエ関係の行事が立てこんでいる。10月にはチャリティコンサートで「スケーターズ・ワルツ」も踊ることになっているし(これは、去年のクリスマス会の踊り。振りが少し変わるらしいけど)、今年のクリスマス会には、ポワントで小作品を踊らせてもらえるかも知れない。うれし、でも、ちょっと不安。夏休みは、バレエのお稽古、秋に出る予定の本の最終確認と校正が待ちかまえている。論文の準備もある。あっ、原稿も一本書かなくては。

思い切り身体を動かして、いっぱい仕事をしよう。貧血で使いものにならなかった3年前がうそみたい。

びっくり! ビール飲んでる?

いつものように、何気なく教員控え室に入っていった時のこと。時間が時間だから、食事をしている先生方がいらっしゃるのは、ふつうの光景。しかし、今日は少し到着が早いから、教員室にいる先生の数は少ない。まだ2限終了(12時10分)の鐘はなっていなかったからだ。出勤簿にサインをしたり、お弁当を取りに行ったりして、控え室をうろうろしている時に、目に入ったのはなんと、グラスに入った「ビールらしきもの」。「えっ! まさか?」と思って、よくよく、しかも、さりげなく見るも、明らかに「ビール」だ。ずぇぜったい、ビールだ!!!

「これって、ありー?」「うそー!」「えーっ!」、言葉にならない思いが、かけめぐる。いつもの椅子に座って、こっそり覗く、「あれは、やっぱりビールだ!」。ふーーーん。見てはいけないものを、見てしまったって感じ。

で、ビール飲んで授業するわけ? これって、あり? 私は、この先生のことが気になってしかたがない。授業終わりに、飲んでるの? だったら、こんなところで飲まないで、別のところで、ゆっくり飲んだら?

わざわざ、グラスに入れて飲んでるということは、缶のまま飲んだとしたら「憚れる」と判断したんでしょうね。だったら、こんなところで、飲んでも、おいしくないでしょ、と思うのだが、、、。どうなんだ。それって、「あり」か。

授業<ゲド戦記>

今日から最後の授業まで(あと3回)、章ごとに担当者を決めて発表形式を取る。何とか3章までは読みきって(英語です)、物語が進みだし、面白くなってきたところだ。今日の担当者である二組の学生たちは、レジュメもよくできたいたし、プレゼンの方法もなかなかよかった。「発表」のスタイルを取ると、聴き手のモティベーションが低くなることがあるが、授業終了後には、レポートを出すことになっていて、「明日は我が身」だからみな熱心だ。残念なことに、議論ができるまでには至っていない。

終了後、男子学生が二人でやって来た。この授業は5限ということもあって、終わるとみなそそくさと帰ってゆくので、こういうことはめずらしい。一人はすでに作品を読み終わっていたので(日本語です)、話すことが、的を射ていて鋭い。「ドラゴンボール」のXXと比較したのにはとまどったが(しーらない!)、「影を放つこと」「影とは何か」について、よく考え読みこんでいることがわかり、うれし。読書は苦手だといっていたが、この『影との戦い』を、がんばって読んだことは褒めてやりたい(と、書きつつ、忸怩たるものもある)。この作品には、読ませる力があるということだろう。せっかく英文科に来たのだから、うんとたくさん読んで欲しい。

岩波書店の愛蔵版<ゲド戦記>には、「小学校6年生以上」と対象年齢が書かれていたが、小学校6年生で<ゲド戦記>を読める子どもがどのくらいいるのだろうか、と考えてしまった。英語もそれなりに難しい。一回目の出来がよかったので、来週以降にプレゼンする人たちには、よい意味でプレッシャーがかかったことだろう。うふっ。

『すてきな三にんぐみ』

7限の授業では、『すてきな三にんぐみ』(トミー・ウンゲラー/偕成社)と『セーターになりたかった毛糸玉』(津田直美/ブロンズ新社)をわかちあった。両作品とも、読んでくれた学生さんの幼い頃の思い出の本だそうだ。

『すてきな三にんぐみ』の方は、友だちの家にあった本で、最初はこわくて、読みきるのにはとても時間がかかったらしい。残念なことに、私がこの絵本と出会ったのはおとなになってからで、「こわさ」を実感できなかった。今でこそ、3人組を「スナフキンに似ている」と感じる人も、幼い頃に読んだ人たちは、ほとんどが「こわかった」という印象をもったらしい。

私は「三人組の顔は、どことなくユーモラス」という感想を述べたのであるが、「俺は小さい頃、『笑うせぇるすまん』の喪黒とタモリがこわかったから、この絵本も絶対こわかったと思う」という意見が出て、そうなんだ、なるほどと納得。私も小さい頃、この絵本と出会って「ドキドキ」したかった。

調子のいい日本語訳にも関心が集まり、ぜひ原文を読んでみたいという気持ちが高まる。また、訳者の今江さんへの尊敬の念も生まれる。というわけで、アマゾン・コムのユーストでもと図書館の本を購入することにした。送料込みで約30ドル。高い買い物になってしまった。本家のアメリカではどうやら絶版らしく、コレクターズ・アイテムには法外な値段がつけられていた。日本では、1969年に出版されて以来とぎれることなく売れつづけ、2001年4月の時点で131刷りを数えている。すごい。

おとなの視点での議論(つっこみ)も出て、和やかで楽しい雰囲気の授業だった。だいぶ意見が出てくるようになった。

児童書すべてそろえます!

神奈川県大和市の図書館が550万円をかけて、出版一年以内の児童書をすべてそろえるという新聞記事を読んだ。ただし、再刊、新装版、漫画、学習参考書、ゲーム攻略本などは除かれるという。その数は、約3000点だそうだ(「asahi.com 神奈川」から)。子どもの本をたくさん購入することで、選択の幅を広げ、読書のよろこびを見つけてほしいとのねらいがあるらしい。

「児童書すべて」を購入しても、子どもたちの「読書ばなれ」を阻止することができるのかどうか、私にはよくわからないが、失礼ながら、あまりのナイーブな発想にびっくりしてしまった。また、この事業は、今年度のみとのことで、来年度以降も継続するかどうかは未定だという。一年だけの、一回性の事業になる可能性もある。いったいこの図書館の蔵書構築はどのような理念のもとに行われているのだろうか。また、来年度以降もこの事業を続けるとしたら、図書館のスペースが問題になってくるのは必至だろう。

児童図書館員の役割は、大きく三つある。①すぐれた本を選ぶこと②利用者を求めて行動すること③読書のよろこびをさまざまな手段で伝えること、である。これは、リリアン・スミスの時代から変わることのない基本中の基本である。「選書」の放棄は、児童図書館員の質を下げることにもなり、結果的には、図書館の価値をそこなってしまいかねない、と思う。図書館が購入する本の予算を増やすというのは、たいへんわかりやすいアピールの仕方だ。「ああ、よくやっている」と納税者(市民)からも評価されることであろう。しかし、それでよいのだろうか。

「児童サービス論」を学ぶ学生をみていて、気になることがある。「資格」を取ることにのみ目がゆき、子どもの本を心から楽しんでいない。それどころか、読書の習慣すらない学生もいる。ごく軽いハウツー本や情報本を読むことが「読書」だと勘違いしている学生もいる。骨太で歯ごたえのある作品が読めなくて、ギブ・アップしてきた学生もいた。こういった学生には、未来を担う子どもたちの読書生活をまかせるわけにはいかない。

税金の使い道はいろいろあるだろう。いつも財政不足で買いたい本も買えない図書館にとっては、「おとな買い」の「全部買い」はうれしいことかもしれない。でも、私には、それは図書館員の役割を放棄しているようにしかみえない。子どもの本のプロである児童図書館員を増やしたり、再教育するためにもお金を使ってほしい。

バレエ:日曜日のお稽古

久しぶりに日曜日(Y子先生)のお稽古に出かける。授業がはじまり、日曜日は、ついぐずぐずしてしまっていたのである。なんといっても朝10時30分開始なので、休日モードになっている日曜日はつらい。しかし、ここでぐずぐずしていると、一日が無駄になると思い、一念発起して(なんとおおげさ!)、出発。

Y子先生の一声は、「(顔)やせたね!」。ほっぺのあたりがすっきりしたらしい。うれし。たまたま着ていたレオタードには切り替えがあり、それから判断するに、おなかの厚みが少し減ったような気がする。やったー! 

帰宅して、仕事が一段落した夫とビールで乾杯。なんのためのバレエか。でも、これがおいしいのだ。

米原万里さん

米原万里さんが亡くなったことを、夫から教えられる(月曜日のこと)。とてもショック! もちろん面識はないが、育った境遇が似ていて、ひそかに心をかよわせていた。夫は一度シンポジウムでご一緒したことがあり、そのご縁をたよりにいつの日にか、自分のことも含めてお手紙を書きたいと思っていたのである。でもそれもかなわなくなってしまった。

彼女の著作は、ほとんど読んでいる。私は、小説よりもエッセイの方が好きだ。シャープな切り口とユーモアがより活かされていると思うからだ。彼女の文章を初めて読んだのは、暮らしの手帖社発行の『ご馳走の手帖』に掲載された、食べ物にまつわるエッセイだ。どういうわけか、その号をなくしてしまい、読み返したくて、散々探したのだが出てこなかったことがある。レーニンの映画を見て刺激されて、ジャガイモの料理を妹さんと二人で作ったというチェコ時代のエピソードを語ったものだ。後に、文庫本に収録されているのを偶然見つけて、それ以来の読者であった。

ゆっくり、やすらかにおやすみください。合掌。

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