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子どもの貧困

子どもの貧困関連の本を読み進める。事情を知れば知るほど、辛く、暗い気持ちになる。ほとんどの著作が国家(政治)の責任に言及している。それは、そうだろう。しかし、経済的な支援や政治的な問題だけでに帰してしまってよいのだろうか。気になる。学力格差、教育力の低下と「子どもの貧困」との、密接な関連に疑問の余地はないだろうが、そこだけに目を奪われたくない。深刻な事実が提示されたと受けとめ、自分ができる事を考えたい。

青砥恭。『ドキュメント高校中退』、ちくま新書。
赤旗社会部「子どもと貧困」取材班。『「誰かボクに、食べものちょうだい」』、新日本出版社。
浅井春夫ほか。『子どもの貧困』、明石書店。
阿部彩。『子どもの貧困:日本の不公平を考える』、岩波新書。
堤未果。『ルポ貧困大国アメリカ』、岩波新書。

『王妃の離婚』(佐藤賢一)、おもしろい!
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斎藤美奈子『本の本』

全724ページの斎藤美奈子の書評集が出版された。すごすぎる。ベッドで寝ながら読むためにはふさわしくない。何となれば、重たくて支えきらず、眠くなってうとうとすれば、本は顔の上に落下し、鼻が陥没する可能性さえある(うそ)。はじめから順をおって読むのではなく、適当に開いたところから、気に入ったところから少しずつ読んでいこう。

普通の本では「前書き」にあたるであろう「この本の使い方」には、最後に<なお、商品管理には万全を期しておりますが、大部の著ゆえ、一気読みは健康を害する恐れがあります。くれぐれも読みすぎにはご注意ください>とある。そうだよね。

しかし、厚さ5㎝にもなる本をペーパーバックにするなんて、製本技術も進んだものだ。価格は2800円+税金で、お買い得設定だ。まぁ、斎藤美奈子の本だからこの値段で売れるのだろう。

すでにこの本で紹介されていた本を注文してしまった。これも、ちとヤバイな。

本田和子『子どもが忌避される時代』を読む

しばらく前に購入済だった『子どもが忌避される時代』(新曜社)を読んだ。帯には次のように書かれている。

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日本人は「子ども嫌い」になったのか?!
かつて来日外国人を驚かせた日本人の「子どもに対する優しさ」。それがいまは?/子育てがリスクと考えられるようになった原因を「子ども感」「子ども-大人関係」の変容として歴史的に跡づけ、対策を提言する。
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本田は「子どもが忌避される」心性の源流は、明治以降の「家制度」にたどることができるとして、「子ども」と「子ども観」を近代化の流れの中で捉えなおしている。「子ども」は国民国家のために存在するという大義名分はくずれ、「結婚」のロマンティック革命がおこれば、そのつぎには、「生み育てる権利」が個人のものとして了解されることは当然の流れであるという認識のもとに議論が展開される。しかし、「生み育てる権利」が個人の物として認識されるようになったからといって、「子ども」に関わるすべてのことが個人に帰属するわけではないところが問題の根源にあるのだ。

本田は、「少子化」の原因を「女性が子どもを忌避するからだ」と一面的に批判してはいけないと、注意を促すが、しかし、「生み育てる」ことにまつわるもろもろが、母親(女性)に大きくのしかかってきている実情を考えれば、批判の矛先は母親(女性)に向けられるのは避けられないことだと思う。

「自分らしさ」「個性」「個としての生き方」があらゆる場面で称揚され、そのことを当然のこととして受けとめてきた世代が「子ども」を目の前にしたとき、そこに大きな価値の転換や発想の転換を求められるのは必至だ。そうなったとき、さてどうすればいいのか。本田はこの点については明確な答えを出していないし、少子化に対する提言も、原理的ではあるけれどあまりにも非現実的だと思う。究極的に「そういう方向」に進むのだろうとは思うのだが。

かといって、佐々木正美氏のように「あなたの子どもを愛しなさい」「よろこびをみつけなさい」(『子どもへのまなざし』)とおっしゃるだけではあまりにもナイーブだ。どこをどうしたら「愛」が生まれてくるのか、「よろこび」を見つけることができるのか、そこを議論しなくては、子どもを忌避するほどまでに心を漂流させている人には伝わらないだろう。

私たちはだれしも「子ども」時代を経て、「おとな」になる。しかし、終着点は「おとな」になることではなく、「成熟」することであると思う。「成熟」というものさしを持つことは、いまさまざまなことに求められている一つであると心から思う。

注:佐々木正美氏の著作は基本的にはすぐれて、重要な著作である。

岩村暢子『普通の家族がいちばん怖い』

岩村暢子さんの『普通の家族がいちばん怖い』(新潮社)を読んだ。副タイトルに<徹底調査! 破滅する日本の食卓>とあるように、230世帯への「正月とクリスマスの食卓」の聞き取り調査をまとめたものである。

18歳と14歳の少年が、サンタクロースに自分のほしいものを伝える手紙を書くという冒頭のエピソードを読んで(手紙を書く彼らは、おそらく母親の「ノリ」に一緒にノッて、ちゃっかりプレゼントを貰っているのだろうが)、まずびっくりさせられたが、このびっくりは最後まで消えることはなかった。むしろ、読み進めるうちに、ここで紹介される母親の姿勢や子どもたちとの接し方に、違和感を覚え、最後には、怖くなった。いったい、これが現代日本の普通の家族というのであれば、たしかに私たちはおかしくなっていると、暗澹たる気分になってしまった。

中高生でもサンタクロースからプレゼントを貰うというのは、例外ではなく、そこには中高生になっても「サンタからプレゼントをあげたい」「[サンタを信じる]夢を持ってほしい」と願う両親(とくに母親)がいるからだという。

なぜなのか? 岩村氏は、母親への丁寧な聞き取り調査や食卓の写真から、母親たちの「幻想」を明らかにし、みせてゆく。現代家庭のイベント化されたクリスマスやお正月の食卓から、いま起きつつある、家族の歪みをえぐりだしている。「家はこんなにひどくない」と思う人もいるだろう。しかし、すべてには当てはまらなくとも、どこかで、思い当たることがあるはずだ。そして、その「思い当たること」の深層には、「家族の幻想」に囚われ、表面だけの「理想の家族」にしがみついている人びとが見え隠れしている。

西原理恵子『ああ娘』

本屋さんで西原理恵子の『ああ娘』を見つけてさっそく購入した。『ああ息子』の続編である。息子編の方は、その「豪快さ」において面白かったのに比べると、娘編の方は、その「したたかさ」に軍配が上がる。

授業前に教員ラウンジで読んでいたのだが、思わず笑ってしまい、ちょっと恥ずかしかった。

新築の家の廊下にサラダ油をまいて、トドのように滑って遊んでいた1歳と3歳の男の子の話や、3歳にして男(父)をたぶらかす(?)女の子の話を読んだりすると、「やっぱり、男と女ってちがうよねぇー」としみじみ思ってしまう。

「色白でまつげが2センチ」もあるバレエを踊る芦屋のお嬢様の家庭内「おっさん度」には抱腹絶倒した。落ちこんでいるとき読むと、とくに元気が出ます。

『ああ息子』(西原理恵子+母さんズ/毎日新聞社)
『ああ娘』(西原理恵子+父さん母さんズ/毎日新聞社)

変人って? 『フランス反骨変人列伝』を読む

非常勤先のK大学で一緒になる先生から、ご著書『フランス反骨変人列伝』(安達正勝/集英社新書)をいただく。フランス正史にはほとんど登場することのない、いわゆる変わった人たちを紹介している著作である。自分の妻を「公式寵姫」に遇されたことに異議を唱え、時の王と対決したモンテスパン侯爵。社会に復讐するために犯罪を犯し、獄中で詩を発表するなどして話題をさらった「困った変人」のラスネール。しかし、なんといっても死刑執行人のサンソンの生涯には、深く心をえぐられるものがあった。

膨大な資料から取捨選択されたものを、抑制された筆致で語られたそれぞれの人生は、物語を読むのとはまた違った想像力を刺激される。筆者によって差しだされたそれぞれの人生の有りようが、読み手に読まれることによって完成されるために、作者にあやつられ束縛されることなしに、それぞれの人生や人間を直に感じることができるからだろうか。物語の場合は、主人公の人生や人間に対して作者が作りだす強靱な「思い」にとらわれ、軌道修正を迫られ、作者の「解釈」に収斂されてゆくこともあるからだ。

「十分な状況証拠がある場合は資料と資料の隙間を埋めるために推理もするが、それは、筋を作るためではなく、より真実に迫るためである(あとがき)」という筆者の、歴史に生きた実在の人物に誠実に向きあおうという姿勢に、対象人物への「愛」も感じられる。

私たちが、「私」を貫こうとしたら、多かれ少なかれ「変わっている」ということになる。だから、ここに書かれた人たちがどれほど変人であろうと、共感できる要素はどこかしらに見つけられるのである。

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